人の「視線」と「体の向き」をゾウはどう読むのか?
ゾウは元々、音や匂いを駆使して仲間とコミュニケーションをとる動物です。
サルやイヌのような「視線コミュニケーション」の達人ではありません。
そこで研究チームは今回、「ゾウはどの程度、人の視覚的な注意(見ている/見ていない)を理解しているのか?」を実験で確かめることにしました。
タイのゾウ保護施設で暮らす10頭の雌のアジアゾウが実験の主役です。
人間の実験者が、ゾウの前で「体も顔もゾウを見る」「体も顔もゾウから背ける」「体だけゾウを見る」「顔だけゾウを見る」という4パターンの姿勢をとり、その場から消えてしまうパターンも含めて、ゾウの反応を詳しく観察しました。
ゾウが「餌が欲しい」とアピールするジェスチャー(鼻を伸ばす、頭を上下に振る、特別な動作など)を、どの条件でどれくらい多く行うかを比較したのです。
【実験に参加するゾウ。人間の身体と顔はゾウの方向を向いている。(撮影:ジム・ホイラム)】
実験の結果、ゾウは「人間がただそこにいる」だけでは反応を増やしませんでした。
むしろ、人間の「体」と「顔」の両方が自分のほうを向いている時にだけ、積極的にジェスチャーを使って餌をねだることが分かったのです。
特に、ゾウは体の向きに敏感で、体が自分に向いていない場合は、たとえ顔がこちらを見ていても反応は増えませんでした。
一方、顔だけが向いていても体が背を向けていれば、ゾウはほとんど無視するように振る舞いました。
つまり、「体の向き」と「顔の向き」、この両方が一致して自分を向いたとき、ゾウは「今、人間が自分をちゃんと見ている」と判断しているのです。
このような複数の視覚的手がかりを組み合わせて相手の注意状態を読み取る能力は、サルや類人猿、イヌなどにも見られますが、ゾウにも同様の社会的知性が備わっていることが改めて示されました。
今回の実験は、アジアゾウが「人間に見られているかどうか」を自分なりにしっかりと判断して行動していることを明らかにしました。
単に人の存在を感じ取っているだけでなく、「体や顔の向き」という複数のヒントから「人が自分に注意を向けている」と読み取っているのです。
この発見は、ゾウがただ大きいだけの生き物ではなく、人間社会とつながる「賢い隣人」であることを改めて示しています。
今後さらにゾウの社会的知性やコミュニケーションの秘密が解き明かされていけば、私たちが動物とどう向き合うか、そして「心の進化」とは何かを考える上で、大きなヒントとなるでしょう。