ラマヌジャンのπ公式は数学的に「ブラックホール語」だった
ラマヌジャンのπ公式は数学的に「ブラックホール語」だった / Credit:Canva
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ラマヌジャンのπ公式は数学的に「ブラックホール語」だった (2/3)

2025.12.09 21:00:00 Tuesday

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ブラックホールに関わる理論に、ラマヌジャンのレシピがそのまま現れていた

ブラックホールに関わる理論に、ラマヌジャンのレシピがそのまま現れていた
ブラックホールに関わる理論に、ラマヌジャンのレシピがそのまま現れていた / Credit:Canva

ラマヌジャンの魔法のような公式は、物理学とどのように関係しているのでしょうか。

研究チームはまず、「物理の世界に自然な形でこの公式が現れているかもしれない」という興味深い仮説を立てました。

そこで調査の対象として選ばれたのが、「対数共形場理論」というやや難解な理論です。

この対数共形場理論は、物理学者がさまざまな自然現象を説明するときに利用する数学的な枠組みのひとつです。

また近年、この対数共形場理論は、「ホログラフィー」と呼ばれる非常にユニークな物理学の考え方を通して、「ブラックホールの数学的なモデル」としても注目されています。

ホログラフィック原理というのは、「もしかすると宇宙そのものが、ホログラムのように振る舞っているかもしれない」という大胆なアイデアです。

もう少し丁寧に言うと、「ある空間の中で起こりうるすべての物理的な情報は、その空間の“中身”ではなく、“外側の表面”に書き込めるかもしれない」という主張です。

たとえばブラックホールでいうと、穴の中(三次元)にどんなものがどれだけ入っていても、その「情報の量」はブラックホールの表面(二次元)に書き込めてしまうという考えです。

これを宇宙全体に広げて想像すると、「もし宇宙を取り囲む二次元の膜のようなものがあるとしたら、三次元の宇宙の中で起きていることは、原理的にはその膜(二次元)の上に情報として書き込むことできるかもしれない」というイメージの理論だと言えます。

この理論において外側の表面部分を担当する理論(共形場理論や対数共形場理論)が登場するのですが、驚くべきことに、ラマヌジャンの公式の骨格とこれらの理論で現れる境界(外側の面)側の数式パターンが、非常によく似ていることが発見されたのです。

つまり、ラマヌジャンが紙の上に書いた1/πのレシピは、数学的には「ブラックホールを覆う表面部分に書かれた情報の書式」とほぼ同じ型の表現として通用する形になっていたわけです。

ある意味で100年前に作られたラマヌジャンの公式が「ブラックホール語」として当てはまったようなものです。

もしラマヌジャンが生きていたら、きっとビックリしたことでしょう。

さらにこの発見をもとに、研究者たちは物理側の計算手法を新しい形で構築しました。

対数共形場理論における相関関数を計算するために、ラマヌジャンの級数から着想を得た新しい展開式(シリーズ展開)を構築したのです。

その結果、ラマヌジャンの公式を理解して最適な形に並べ直すことは、「表面の理論をとても効率よく書き下すこと」になり、その効率のよさがそのままホログラフィック原理を使ったブラックホール計算などにも利いてくる可能性があります。

さらに驚くべきことに、研究チームは「ある微分演算」を新たな展開式に施しました。

ざっくり言うと、数式にフィルターをかけるような操作です。

すると、もともとはたくさんの項が入り乱れていた計算が、一気に整理されました。

その結果、ある条件のもとでは、「ログ恒等演算子」と呼ばれる、その理論の中でいちばん基本的なパーツひとつだけの働きで、1/πの値がほとんど全部説明できてしまったのです。

言い換えれば、見かけ上は無数にあった項のほとんどが不要で、ほんの一握りの本質的な項だけで1/πを表現できることが数学的に示されたのです。

これは対数共形場理論という理論に内在する普遍的な性質を示唆しており、ブラックホール模型を含む複雑系の計算に新たな光を当てる成果と言えるでしょう。

そして何より象徴的なのは、この結果が示すストーリーです。

100年前にラマヌジャンが発表した純粋数学の公式は、実は当人の知らないところでブラックホールや乱流を扱う理論研究に貢献していたとみなすこともできます。

筆頭著者のバット氏は「ラマヌジャンの動機は非常に数学的なものだったかもしれませんが、彼は知らないうちにブラックホールや乱流、浸透といったあらゆる現象をも研究していたのです」と述べています。

ラマヌジャンの残した公式の多くは現代数学の力を得て解読が進んでいますが、それでもいくつかにおいては不明部分が多く未だにその全容が掴めていません。

100年前の青年の勘に人類科学が追い付くのはいつになるのでしょうか?

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