意識はアルゴリズムより「計算する物質」に近いのかもしれない

脳の本当の計算原理は何なのか?
答えを得るため著者らはまず膨大な先行研究を調査し、脳の計算がデジタル計算と何が違うのかを理論的に整理しました。その結果、脳の計算には二つの鍵となる特徴が浮かび上がりました。
一つ目は、デジタルとアナログの二重性です。
脳内ではニューロンの電気信号がパルス(デジタル的な発火現象)としてやり取りされますが、その裏側ではイオンの流れや電場のような連続的(アナログ的)変化が常に絡み合っています。
例えば、生物のニューロンの枝(樹状突起)にわずかな電流を流す実験では、電流が弱すぎても強すぎても反応が起きにくく、中くらいの強さのときだけ応答を起こすという結果が得られています。
「0」と「1」の違いを利用するのがデジタルだとすれば、脳は「0」と「1」だけでなく、「0.5」みたいな中間値も使っている、と言い換えられます。
脳はデジタルでもありアナログでもあるわけです。
二つ目の特徴は、境界の引きにくさです。
コンピューターであれば「ソフトウェア」と「ハードウェア」を分けて考えられますが、脳にはそのような境界をきれいに引きにくいのです。
脳はソフトでもあると同時にハードでもあり、ミクロな分子レベルから大きなニューロンネットワークまでの動きが切り分けられることなく繋がっています。
例えば脳で何かの信号を発しようとすると、必ずミクロの分子の動きやイオンの流れを伴います。
一方で、デジタルな計算機では、電気信号は流れても、分子レベルの複雑な動きは同じ形では伴いません。
つまり脳で何かをしようとするとミクロレベルの分子からマクロレベルのネットワークまで多層の動きが起こるのです。
このように生物の脳は「デジタルでもありアナログでもある(連続×離散)」「多層スケールの物理プロセス」という独特な計算原理で動いている訳です。
これはエネルギー効率を極限まで高めるために進化した戦略である可能性もあります。脳は限られたエネルギーで活動する必要があるため、無駄のない計算のためには階層をまたいだ緊密な連携が不可欠だったのかもしれません。
そして研究者たちはこうした特徴こそが意識を生み出す計算に深く関与している可能性があると考えています。
実際、著者らは、今のAIをいくら高性能化しても、計算の“あり方”そのものが脳とは異なるままでは意識の発生という肝心な部分が抜け落ちてしまう恐れがあると述べています。
言い換えるなら、意識とはアルゴリズムの問題ではなく、アルゴリズムを支える素材レベルの動き(物理プロセス)そのものが問題だ、と著者らは述べています。
要するに、意識をコードに変換するより先に、「意識が宿る計算とは何か」を素材レベルから定義し直せ、という提案です。
そして最後に、もし人工のシステムで意識に近い状態を目指すなら、こうした性質を満たすような新しい計算基盤――
①基盤となる物質が連続的な変化を豊かに表現できること、
②デジタルとアナログの場がきちんと結びついていること、
③ミクロからマクロまでの階層が互いに影響し合っていること、
④エネルギー制約が計算の形を実際に縛っていること、
などを満たすことが重要になる可能性があると述べています。

























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