なぜ「個人は善く、集団は悪く見える」のか?
研究チームは次に、このズレがなぜ生じるのかを調べました。
まず考えられたのは、「個人のほうが判断しやすいから、高く評価されるのではないか」という可能性です。
つまり、個人については想像しやすく、集団についてはぼんやりしているため、評価に差が出たのではないかという考えです。
しかし、この説明は支持されませんでした。
研究では、参加者がそれぞれの評価にどれくらい自信を持っているかも調べられましたが、その確信度の違いだけでは、「個人は善く、集団は悪く見える」という結果は説明できなかったのです。
そこで注目されたのが、「その対象を悪く見ることが、どれほど嫌な気分になりそうか」という感情の予測でした。
すると、参加者は、特定の個人をシニカルに、つまり意地悪く悪く見るほうが、集団を悪く見るよりも不快だと感じやすいことが分かりました。
この点が、この研究の重要なところです。
人は、誰か一人を「この人は道徳的に足りない」と見るときのほうが、心理的な抵抗を覚えやすいのです。
逆に、集団全体について厳しい見方をすることには、それほど強い不快感を伴いません。
研究結果は、こうした「個人を悪く見ると嫌な気分になりそうだ」という予期が、個人をより好意的に評価する一因になっていることを示しました。
言い換えれば、人は一人の顔が見える相手には疑いの目を向けにくい一方で、「人々全体」や「社会」といった大きなまとまりには冷たくなりやすいのです。
そのため、「あの人はいい人だけれど、世の中全体はあまり善くない」といった感覚が生まれやすくなります。
もちろん、この研究にも限界はあります。
実験は異なる大陸にある2カ国で行われましたが、ほかの文化圏でも同じ傾向が見られるかは、今後さらに確かめる必要があります。
また、扱われたのは日常的な善悪の行動であり、もっと重大な道徳判断でも同じような傾向が表れるかどうかは、まだ分かっていません。
それでも本研究は、私たちの道徳判断が思った以上に複雑であることを教えてくれます。
人は単純に「他人に厳しい」のではありません。
むしろ、一人の個人には甘く、集団には厳しく、そして自分にはもっとも甘いのです。
善悪を見極めているつもりでも、そのものさしは、相手が「誰か一人」なのか「人々全体」なのかで、意外なほど揺れているのです。






























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