怠け者はなぜ柔軟な思考力を持つのか?

研究チームは、色と報酬の関係をしっかり覚えたハチたちに、意地悪な仕掛けを施しました。
「逆転学習テスト」です。
これまで砂糖水が載っていた色に今度はただの水を置き、ハズレだった色に砂糖水を載せたのです。ルールが完全にひっくり返りました。
人間に例えるなら、「昨日まで赤い値札が安売りの印だったスーパーが、今朝から突然、青い値札を安売りに変えた」ようなものです。
ルール変更直後の最初の選択で、オスもメスも大多数――メスの88%、オスの86%――が前のルールに従って「旧・当たりの色」を選んでしまいました。どちらの性別も、前のルールをしっかり覚えていた証拠です。
問題は、そこからの切り替えでした。
頭を切り替える過程で、オスのほうが間違いが少なかったのです。
つまり「昨日までのルール」を捨てて「今日からのルール」に適応するまでに、オスのほうが少ない間違いで済んだのです。
では、なぜオスのほうが「頭が柔らかい」のでしょうか。
研究チームの解釈はこうです。
働きバチ(メス)にとって、特定の花に通い続けることは合理的な戦略です。
「あの花は蜜が多い」と覚えたら、毎日通えば効率よく蜜を集められる。
この性質は「花への一途さ(flower constancy:フラワー・コンスタンシー)」と呼ばれ、コロニーへの蜜の安定供給という点では適応的な行動だと考えられています。
仮にその花の質が下がっても、巣に帰れば仲間が集めた蜜がある。
セーフティネットが存在するのです。
一方、オスにはセーフティネットがありません。
帰る巣がないのです。
もし通っていた花の蜜が枯れたら、即座に別の花を探す必要があります。
「前はあの色の花がよかったけど、もうダメだ。すぐ切り替えよう」――この素早い方針転換ができなければ、交尾相手を見つける前にエネルギーが尽きてしまう可能性があるのです。
つまり「怠け者だから頭が柔らかい」のではありません。
帰る家がないからこそ、柔軟でなければ生き残れなかった。
それが、巣の中では「何もしない住人」に見えるオスバチの隠された武器だったのです。
なお、巣を出たら二度と帰れないオスバチにとって、出発前にどれだけエネルギーを体に蓄えられるかは生死に直結すると考えられています。
昆虫の体内には「脂肪体(fat body)」と呼ばれる組織があり、ここにエネルギー源となる脂質や糖を貯蔵します。
巣の中で姉妹たちの蜜を飲み続けているのは、ただの居候行為ではなく、片道切符の旅に備えた「満タン給油」でもあるのです。
ただし今回の実験はラボ内で行われたもので、逆転学習テストまでたどり着いたハチは15匹にとどまります。野外の花畑で同じ柔軟性が発揮されるかは、まだ確認されていません。
研究チームは今後、逆転を複数回繰り返す追加テストや、実際の野外での採餌行動の観察を通じて、この性差がどこまで生存や繁殖に直結しているのかを明らかにしたいとしています。
もしあなたの職場や学校に「何もしていないように見える人」がいたら、それはもしかすると、今いる場所で求められている役割とは別のフィールドに、その人の本当の武器が眠っているだけなのかもしれません。























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