人類の祖先は「話す力」の前に「笑う力」を育てた──1500万年の進化史
人類の祖先は「話す力」の前に「笑う力」を育てた──1500万年の進化史 / Credit:Canva
biology

人類の祖先は「話す力」の前に「笑う力」を育てた──1500万年の進化史 (2/3)

2026.07.01 19:45:53 Wednesday

前ページ言語の起源は笑いに隠れている

<

1

2

3

>

まず笑いがあり、そして言葉がうまれた

まず笑いがあり、そして言葉がうまれた
まず笑いがあり、そして言葉がうまれた / 祖先から枝分かれした時期が新しく人間に近い種ほど笑いのテンポが速くなり、笑い声の幅が広くなっている/Credit: De Gregorio et al., Communications Biology (2026)

人間の言語能力の起源を探るため研究者たちは、オランウータン4頭、ゴリラ2頭、ボノボ3頭、チンパンジー4頭、ヒトの子ども4人——計17個体の笑い声の録音を集めて解析し、140回分の笑いについて音と音の間隔を一つひとつ測定しました。

調べたのは音の高さでも大きさでもなく、あの”ハ・ハ・ハ”が繰り返される「タイミング」です。

結果、全体としてはすべての種で、笑い声の間隔がほぼ等しい——つまり一定のリズムで笑っていることがわかりました。

オランウータンの息混じりの「フフフ」も、チンパンジーの喘ぐような笑いも、ヒトの子どもの「アハハハ」も——表面の音色はまるで違うのに、その底を流れるリズムの骨格は同じだったのです。

研究チームは、この基本リズムが約1500万年前の共通祖先にすでに備わっていたと考えています。

1500万年前といえば、ヒマラヤ山脈がまだ隆起の途中にあり、大型類人猿の祖先たちが熱帯の森からゆっくりと広がり始めていた時代。

あの頃の祖先が仲間と遊びながら交わしていた笑い声の「拍子」が、種の壁を越え、大陸を越え、いまもあなたの笑いの中に息づいているというのです。

しかし研究はその先に興味深い発見をしました。

コラム:1500万年前の先祖の姿

1500万年前の先祖の姿はまだサルっぽさが抜けておらず、暮らしも木の上だったとされています。ふだんは四つ足で歩き、木を垂直によじ登ったり、果実などを食していました。すでにしっぽはありませんでしたが、体つきはいまのゴリラやチンパンジーのようにがっしりしたものではなく、もっとひょろりとしていたとされています。しっぽのない、小柄で軽やかな木の住人で、ゴリラのような迫力はなく、どちらかといえば、少しずんぐりした慎重なテナガザル、といった風情だったと考えられます。そしてその一匹が、くすぐられたりじゃれ合ったりしたとき、「ハ・ハ・ハ」と、いまの私たちとそっくりの拍子で笑い始めていたのです。

研究者たちがそれぞれの種の笑いをじっくり比べていくと、種によって少しずつ違うところが見えてきたのです。

そして、その違い方には、はっきりとしたパターンがありました。

祖先から枝分かれした時期が新しい種ほど——つまり、私たち人間に系統として近い種ほど——笑いのテンポが速くなっているのです。

一番のんびり笑うのがオランウータンやゴリラ。少し速くなるのがチンパンジーやボノボ。そしてもっとも速く「ハハハハ!」と刻むのが、私たち人間。

1500万年という気の遠くなる時間をかけて、笑いは少しずつ加速してきたことになります。

まるで、はじめはゆったり動いていたメトロノームの速さを、進化が世代を重ねながら少しずつ上げてきたかのようです。

加えて分析では、人間に近い種ほど笑いの表現が多彩になる傾向も示されました。

一方で、人間だけが持つ要素もありました。

研究者のデ・グレゴリオ博士は、こんなたとえで説明しています。

たとえば今、あなたがイギリスの女王陛下に謁見しているとします。

緊張してガチガチのなかで、陛下がちょっとしたジョークを口にした。

そこであなたは、腹を抱えてゲラゲラ笑うでしょうか。

せいぜい、上品に「ホホホ」と微笑む程度でしょう。

ところが、同じ夜。仕事を終えて、パブで久しぶりの友達と再会したとします。その友達がまったく同じジョークを言ったら——今度はテーブルを叩いて大爆笑してしまうかもしれません。

同じ「おかしい」という気持ちなのに、私たちは笑い方を完全に切り替えています。

ほかにも、気まずい場をごまかす苦笑いや、赤ちゃんに向ける甘い笑い声など、私たちは同じ「ハハハ」の上に驚くほど多くのバリエーションを乗せています。

一方で、チンパンジーやゴリラなどでは、くすぐりの場面と遊びの場面という場面の違いにおいて、笑いのテンポを切り替える様子はみられませんでした。

「場に合わせて笑いを操る」という芸当は、大型類人猿のなかで私たち人間だけが見せた、ちょっと特別な能力なのです。

じつは、この「場面に応じて声のタイミングを操る力」は、しゃべるためにも欠かせない土台です。

そこで研究者たちは、笑いの中で声を操る力が少しずつ高まってきた道筋こそ、やがて言葉を話す力へとつながった可能性があると考えました。

言葉を話すというのは、考えてみればとんでもない離れ業です。

脳で考えたことを、息づかいと、のどの動きに、コンマ数秒のズレもなく合わせていく。

その精密な連携があってはじめて、「おはよう」の一言が音になる。

笑いを場面ごとに操るあの器用さは、この離れ業へと続く、大事な一歩だったのです。

次ページ初めに「笑いあれ」

<

1

2

3

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

生物学のニュースbiology news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!