そして、あなたの雨乞い

この話は、雨で終わりません。
論文の著者であるエスピン=サンチェス氏は、同じ仕組みが、雨以外のことにも当てはまるかもしれない、と考えています。
たとえば、病気です。
風邪を引いたときのことを思い出してみます。
風邪は、たいてい一週間ほどで治ります。
では、明日治る確率は、いつでも同じでしょうか。
違います。
引きはじめの1日目に「明日には治っているだろうか」と考えても、可能性は低いでしょう。
ところが5日目、6日目となると、話が変わります。
もう治りかけです。明日治る確率は、ぐんと上がっています。
——これは、どこかで見た形です。
そう、ムルシアの雨と同じです。
風邪の治り方にも、あの「雨のクセ」とそっくりのクセがあるのです。
腰痛も、落ち込んだ気分も、治るものはどれも同じです。
そして人は、つらさがピークに達したとき、何かをします。
サプリを飲む。整体に行く。験を担ぐ。
1日目には、何もしませんが5日目、6日目になって、さすがに耐えかねたときに、ようやく何かをするのです。
そして、その翌日、あるいは翌々日に良くなったとしたら、「あれが効いた」と思い込んでしまいます。
エスピン=サンチェス氏はこの点について「十分に複雑であるため、自然に治るとは到底思えない。しかし十分に単純であるため、何かをすれば病気を治しているように見える」と述べています。
放っておいても治ると思えるほど単純けれど、何をしても治らないほど深刻でもない。
その中間にある困りごとには、雨乞いと同じ構造が生まれるという意味です。
もしかしたら、あなたの中にもそういった「雨乞い」がたくさん存在するのかもしれません。






























自分が昔聞いた説では、
雨乞いは何かを燃やす儀礼が不可欠→雨粒の核となる煤煙が上空に昇り、かつ上昇気流が生れる→水分が凝集して雨になる、というものでした。
統計的要因以外にも科学的な要因も大きいのではないかと思います。
こういった実証研究が好きです。
コンサルを立ち上げて
待ち行列でのモデルを作って(季節ごとに)晴天日数と雨ごいをやるべきタイミングを示してゆけば
住民、宗教者、コンサルともにWinWinとなりそうです
そりゃそうだ
雨乞いしても雨降らない土地に人間は住めない
諦めて移住するか残って死ぬかの二択
人間が生活できる土地にしか伝統は残らない