それは「戦い」のためだったのか?

仮に王女たちが本当に弓を引いていたとして、その目的は何だったのでしょうか。
長いエジプト史のなかで、軍事的才能を持った女性がいたことは確かです。
いちばん有名なのが第17〜18王朝の王妃アハホテプです。
カルナクの碑文では、アハホテプ1世(前1560〜1530年頃)が「エジプトをまとめ、軍を世話し、守り、逃亡兵を連れ戻し、南部を平定し、反逆者を退けた」と称えられています。
ただ古代エジプトの文献に、王族女性が武器を使ったことを直接示す例は多くありません。
また古代エジプトにおいて女性は一般に非戦闘員とされていました。
戦場に立つ王女、という姿は物語としては魅力的ですが、王女たちの骨の痕跡を、そのまま最前線で戦っていた証と考えるのは無理があるでしょう。
ここでもう一つの手がかりになるのが、戦い以外の弓の使い道です。
アメリカ・アイオワ大学のエジプト学者ニコラス・ブラウン氏は、古代エジプトの「セド祭」という王位更新の儀礼に注目しています。
この祭りでは、王女が東西南北の四方へ矢を射る役割を担うことがあったというのです。
弓は、戦いの道具であると同時に、神聖な儀礼の道具でもありました。
だとすれば、王女たちが弓を引いていたのは、戦うためではなく、狩りや、こうした儀式に備えるためだったのかもしれません。
研究チーム自身も、王女たちと武器の関係を「武術あるいは儀礼的な活動のためと思われる」と結論づけています。
ただその備えが骨に残るほどのものだとしたら、王女たちの武器の習熟レベルは決して低いものではなかったでしょう。






























