「刺激を見つける能力」よりも「不快感の自己評価」と関連
研究者たちは最初に、ある感覚が鋭い人は、他の感覚も鋭いのかを調べました。
もし感覚全般に共通する鋭さがあるなら、小さな音を聞き取れる人は、薄いにおいやわずかな温度変化にも気づきやすいはずです。
しかし、聴覚、温度感覚、嗅覚、前庭覚の検出閾値には、ほとんど一貫した関連がありませんでした。
感覚の鋭さは人全体に共通する1つの能力ではなく、感覚の種類ごとにかなり独立している可能性があります。
さらに、SPS質問票で高得点だった人も、4種類の検出閾値が低いわけではありませんでした。
質問票で「環境の細かな刺激に気づく」と答えた人でさえ、実験では弱い刺激を他の人より早く見つけられなかったのです。
一方、比較的はっきりした関連が見られたのは、刺激をどれほど早く不快と感じると思っているかという自己評価でした。
刺激に圧倒されやすいと答えた人ほど、音、光、熱を他の人より低い強さで不快に感じると自己評価していました。
ただし、こうした自己評価と実際に測定された閾値も、ほとんど一致していませんでした。
本人の評価と客観的な測定値の間で有意な関連が見つかったのは聴覚の疼痛閾値だけで、その関連も小さなものでした。
研究者たちは、SPSが基礎的な感覚検出能力よりも、刺激を主観的に経験し、不快なものとして評価する傾向を反映している可能性を指摘しています。
たとえば、2人が同じ音量のエアコン音を聞き取っていても、一方はすぐに背景音として無視できるのに対し、もう一方は音が気になり続けるかもしれません。
ただし、今回の研究には限界があります。
参加者は若い女性に限られ、実験では短く単純な刺激が使われました。
また視覚実験では150人中29人が最大の明るさでも不快感を示さなかったため、参加者間の差を十分に捉えられなかった可能性もあります。
それでも今回の結果は、「自分は感受性が強い。刺激に敏感だ」と感じることと、弱い刺激を実際に検出できることを同一視できないと示しています。
感受性の強さは、刺激を拾う能力よりも、受け取った刺激をどのように経験するかに表れるのかもしれません。































