「一番速い精子が勝つ」と習ったはずだった

受精と聞いて頭に浮かぶ絵は、たいてい同じです。
何億もの精子が1つの卵子に殺到し、先頭でたどり着いた1匹だけが中に入り残りはすべて負け。
私たちは精子についてずっと個人競技の選手として描かれてきました。
「あなたは数億分の1の競争を勝ち抜いた1匹だった」という言葉も、そんな印象にもとづくものです。
ところが虫の世界には、例外がありました。
2匹が頭をぴたりと合わせて泳ぐもの、数百匹が頭を寄せ合って1つのかたまりになるもの、細い棒に多数の精子が整列して並ぶものなど、精子どうしが物理的にくっついて1つの集団にまとまる「精子接合(sperm conjugation)」と呼ばれるチーム戦が複数のグループにまたがる幾つもの種にあることが知られていました。
とはいえ、精子のチーム戦は、たまたま何度か生まれた程度の、進化のなかでは珍しい工夫だろうと長く考えられてきました。
またグループごとの研究は進んでいたものの、節足動物全体でチーム戦がいつ生まれたのかという部分も謎でした。
そこで今回研究者たちは、さまざまな節足動物や近縁のクマムシなどの精子の写真が載った論文を数十年分調べ上げることにしました。
その総数は621種に上ります。
すると、チーム戦を行う精子は、クモの仲間、ムカデの仲間、カニやエビの仲間、そして昆虫の仲間という、いま生きている節足動物の大きなグループすべてに見られることが確かめられました。
次に研究者たちは、このチーム戦がいつ頃出現したかを、系統樹を遡りながら調べることにしました。
すると節足動物の共通祖先の精子は、1匹ずつばらばらの、ごく普通の精子だったものの、カンブリア紀からオルドビス紀にあたる4億5000万〜5億年ほど前に、昆虫の祖先にあたる生き物が最初にチーム戦を始めたことがみえてきました。
つまりすべての昆虫の共通祖先は、すでに精子を束ねたチーム戦を行っていたと考えられるのです。
ただ、そこから先の歴史は、一直線ではありませんでした。
現在に生きる節足動物たちの精子がチーム戦を行っているかを詳細に調べると、先祖ではチーム戦をしていたものの、現在はやめているもの。
さらに先祖はチーム戦をやめていたのに、さらにその先でふたたび束をつくるようになったものがあることが見えてきました。
研究者たちがそれらの情報をまとめたところ、束ねる仕組みは節足動物の系統樹のあちこちで独立に約45回生まれ、ほぼ同じ回数だけ失われていることがわかりました。
ある系統で消えても、別の系統ではまた新しく生まれる。その繰り返しがあったわけです。
ですがそんな繰り返しがあっても、系統樹の線を、精子が束になっていた期間だけ色で塗っていくと、線全体の3分の2が塗りつぶされることがわかりました。
進化の時間で測れば、1匹ずつばらばらの精子のほうがむしろ少数派だったわけです。
さらに研究では、チーム戦の型には主に5種類があり、どのタイプも精子を束ねる”糊”があることがわかりました。
精子の外側にまとわりつくこの分泌物(精子付随物質、SAM)は雄の体内で精子に加えられ、この糊がかたまりになるか、棒になるか、鞘になるかで、チーム戦の型が決まっていました。





























