幹細胞は骨の「改札」を通れなかった

届かないのには、はっきりした理由がありました。
骨粗鬆症は、体じゅうの骨がいっせいにもろくなる病気です。
どこか一か所に注射して済む話ではないので、細胞は点滴で血液に乗せ、全身に配るしかありません。
ところが、血液に乗せたこの幹細胞は、そのままでは骨の中へ入れないのです。
細胞の表面は、びっしり生えた糖の毛で覆われています(グリコカリックス)。
この糖の形が、細胞にとっての名札になっています。
そして骨髄へ通じる血管には、その名札を見る改札があります。
血管の壁に、名札を確かめる係が並んでいるのです(E-セレクチン)。
係がつかみ取るのは、決まった形の糖(シアリル・ルイスX、sLeX)を掲げた細胞だけでそれを持たない細胞は、つかんでもらえないまま流れ去ります。
血を作る幹細胞(造血幹細胞)は、この名札を持っています。
白血病の治療で行う骨髄移植が、骨に直接注射するのではなく点滴で済むのは、そのためです。
流し込まれた細胞が、自分で改札を通って骨の中へ帰っていくからです。
一方、骨のもとになる幹細胞は、骨の中に入る名札を惜しいところで逃していました。
表面の糖を調べると、名札の形はほとんど出来上がっていたのですが、フコースという糖の粒、たった1個が足りず、改札の前を素通りしていたのです。
そこで研究チームは、その1個を後から足すことにしました。
培養して増やした細胞を、糖をくっつける酵素(フコース転移酵素VII、FTVII)と、糖の材料を溶かした液に浸します。
体温と同じ37℃で、1時間置くだけです。
それで名札が完成し、細胞は改札を通れる姿になります。
遺伝子には触れず細胞の中にも手を入れず、表面の飾りを1個足すだけの作業です(これを糖鎖編集とも言います)。
しかも、この名札は貼りっぱなしにはなりません。
細胞は表面を絶えず作り替えているので、2日ほどで名札は消え、もとの姿に戻ります。
渡しているのは、行き先を変える片道の切符だけです。
マウスを使った実験では、名札をつけた人間の幹細胞が骨の中へ入り、そこに住み着いて、実際に骨の材料を作るところまで確かめられていました。
残っていたのは、人間の体でも同じことが起きるのか、そして安全なのか、という問いでした。

























