・南極隊員が、長期間にわたる暗闇、孤立、行動範囲の制限というストレスに対処するために「心理的冬眠」の状態に入ることが判明
・冬期は、問題を解決したり、自らを励ますといった積極的ストレス反応だけでなく、拒絶や憂鬱といった消極的ストレス反応も減少
・かつては「心理的冬眠」は怪我や死などに繋がったが、基地の住環境が快適になった今ではストレスから身を引き離すことが有効に作用する
平均気温は−51℃、観測史上の最低気温は−85℃という身を切る寒さに支配された「南極」。地球上でもっとも乾燥しているだけでなく、気圧や酸素濃度も極めて低い過酷な土地です。
南極にはさまざまな国の基地があり、そこに滞在する南極隊員がお互いに情報を交換しながら、宇宙、起床、生物などの調査を行っています。日本からも、1年を通して滞在する「越冬隊」と、夏の時期のみ滞在する「夏隊」を合わせた計60〜70名ほどが、毎年派遣されます。
最近の研究で、南極隊員が、長期間にわたる暗闇、孤立、行動範囲の制限というストレスに対処するために「心理的冬眠」の状態に入ることが判明しました。
どんな環境であっても、長期間一つの場所に孤立し閉じ込められることは、心身にネガティブな影響をもたらします。これまでも南極隊員からは、気分の乱れや不安といったさまざまな症状が報告されていますが、こうした心身の変化は、特に真冬の間に顕著なことから「越冬症候群(winter-over syndrome)」と呼ばれています。
英国のマンチェスター大学、ノルウェーのベルゲン大学、オランダのティルブルフ大学の研究チームは、欧州宇宙機関の協力のもと、フランスとイタリアが運営するコンコルディア基地の隊員の睡眠の質、感情、ストレス対処法の変化を、2度の冬にわたって調べました。
隊員が回答した冬を過ごす間の睡眠、感情、ストレス対処法に関する心理測定アンケートの結果から、冬が深まるにつれて隊員の睡眠の質が落ち、ポジティブな感情が減少すること、また太陽が戻ってくると状況が改善することが明らかになりました。
ところが、評価したストレス対処法のすべても、同じように冬になるにつれて減少し、冬が去ると復活することが判明。真冬の期間は、問題を解決したり、自らを励ますといった積極的ストレス反応は減少したとしても、拒絶や憂鬱といった消極的ストレス反応は増えるだろうと予測していた研究チームは、この結果に驚きました。
一方で、インフラ整備が進んだことで、基地での暮らしが以前と比べてかなり快適になったことも重要です。一昔前には、危険に晒される確率が今よりずっと高く、ストレスを軽減するためのリソースは限られていました。
結果として、孤立はしていても、快適な住環境の中で長期間にわたって行動を制限されるという状況が、隊員の心身状態をより色濃く反映しているのではないかと研究チームは考えています。
またこの研究結果は、高緯度地域などの過疎地で暮らす人々や、長くロケットに滞在する宇宙飛行士が、孤立した環境でどのようにして心身の健康を保っているかということについての重要な示唆も与えてくれます。
マンチェスター大学のネイサン・スミス氏は、「現時点では状況が制御できなくても、いずれは物事が良い方向に変化することが分かっていれば、人はエネルギーを保存するためにストレスに対処する努力を減らすことを選びます」と説明しています。こうした「心理的休眠」とも呼べる状態は、慢性的ストレスに対処するための防衛反応なのです。
ストレス要因に対する反応が停止したり、遅くなったりすることは、歴史的には危険なことだと考えられてきました。状況の変化にすばやく反応できなけば、厳しい環境で直面するかもしれない怪我や死などの重大なリスクを回避できないからです。でも、最近の南極基地は昔よりずっと快適になり、そうしたリスクから身を守りやすい環境に変化しました。このため、慢性的ストレスから自らを引き離して「対処しない」ことこそが「効果的な対処法」になったのでしょう。
via: medicalxpress / translated & text by まりえってぃ