「粒子加速器」は、強力な電磁場をつくりだすことで、粒子を光の速さに限りなく近いスピードで飛ばすことのできます。
その速度は秒速30万kmにもなるのですが、なんとその中に頭をつっこんでしまった男性がいるのです。彼は無事に生還することができたのでしょうか。それとも、光の速さで頭が吹き飛んでしまったのでしょうか。
その前に「粒子加速器」について説明を。名前の通り、粒子加速器は粒子を加速させるための装置で、大きく分けて「線形加速器」と「円形加速器」の2種類があります。
どちらも電荷を帯びた粒子である荷電粒子をビーム状に射出する機能を持ちますが、「線形」が粒子をまっすぐ飛ばすのに対し、「円形」は粒子をぐるぐる回すことで加速させることができます。
加速器が初めて発明されたのは1929年のこと。当時まだ27歳だった物理学者アーネスト・ローレンスによって発明され、その装置は「サイクロトロン」と名付けられました。カリフォルニア大学バークレー校に建設された「サイクロトロン」の直径はわずか13cm弱しかなかったのです。
現在では、世界中に3万を越える加速器が作られており、素粒子物理学の分野ではもはや必要不可欠。用途は物理学の研究以外にも、ガンの診察や治療に活用されており、レントゲンもこの装置のひとつです。
そして問題の「頭つっこみ事件」は1978年7月13日のロシアにて起こりました。物理学者のアナトーリ・ブゴルスキーは当時のソ連が所有していた中でも最大の加速器である「U-70シンクロトロン」を使用していました。
事故が発生した日、不調を起こした「シンクロトロン」を点検している最中のことでした。ブゴルスキーが装置に顔を出したその瞬間に、安全装置が誤作動を起こしたのです。
このとき、彼の頭は光の速さに近いスピードで飛んでいる陽子ビームに直撃してしまったのです。陽子ビームは彼の後頭部から鼻に向かって突き向けるように通り抜けていきました。
数分も立たない内に彼の左顔面は風船のように腫れ上がり救急搬送されました。ブゴルスキーの受けた放射線量は測りしれないものでした。
陽子ビームの放射線は「グレイ」という単位で計測されます。5グレイの放射線が人体に吸収されるだけで、死に至ります。しかし、ブゴルスキーが頭に受けた放射線量はなんと2000グレイにまで達していたのです。
光の速さで移動する放射線に当たった人は彼が初めてで、医師たちは起こりうる症状を予測することがまったくできませんでした。数日後、放射線が当たった部分の皮膚は剥がれ落ち始め、左耳の聴覚を失い、慢性的な耳鳴りに悩まされ始めます。
時が経つにつれて、顔面の左半分は麻痺し、そのため小じわができない体となっていました。また事故以来、度重なる脳卒中にも襲われました。しかし、こうした絶望的状況にもかかわらず、ブゴルスキーは見事に生還。2018年現在、彼は76歳で無傷とは言えませんが、元気に生活しています。
しかし、頭を突っ込んだのが世界最大の「大型ハドロン衝突型加速器」だったとしたらどうなっていたでしょうか。スイスのジュネーヴとフランスとの国境にある「大型ハドロン衝突型加速器」は、「CERN(欧州原子核研究機構)」によってつくられたこの巨大加速器で、その直径は約27kmもあります。
この加速器は地中175mの場所に位置しており、建設には10年の歳月と1万人を越える世界中の科学者たちの力を必要としました。技術と知の粋を集めた結果、トンネルの端と端を合わせるときは誤差わずか1cmしかなかったと言います。
さらに驚くべきことに、この大型加速器は9600個以上の超強力磁石を備えており、その力はなんと地球の重力の10万倍。この強大な力により、粒子を円形軌道に乗せることで光の速さに近いスピードまで高めることができるのです。
加速器を10時間稼働させ続けると粒子の移動距離は97億kmに達し、これは地球から太陽系の端まで行き、再び地球に戻ってくるのに十分な距離なのです。また、加速器は高エネルギー放出により太陽の中心のおよそ10万倍の温度にも達するのですが、同時に、加速器内部は外宇宙よりもはるかに低い温度が保たれています。
一方で、この加速器が地球に危険を及ぼす可能性もあると主張する科学者もいます。テュービンゲン大学のオットー・ロスラー博士は、加速器により極小ブラックホールが形成され、それが地球に危害を及ぼすと指摘します。
あらゆる可能性を秘めた粒子加速器にはロマンもあります。スティーヴン・ホーキング博士は、粒子加速器がタイムトラベルを可能にするかもしれないと考えています。そのためには、人を光の速度で加速させるほど巨大な装置が必要になりますが、決して不可能なことではないでしょう。
via: youtube.com / translated & text by くらのすけ