時給600円 最強パートタイマー
現代では確立されている銀河の距離の測定だが、20世紀初頭の天文学者たちにとって、遠い天体との距離測定は非常に頭の痛い問題の1つだった。
当時の天文学者たちは、発見されたマゼラン星雲やアンドロメダ大星雲(銀河)が、我々の属する天の川銀河の中にある天体なのか、それとも銀河の外にある天体なのか、それさえもさっぱりわからなかったのだ。
この問題に解決の光を与えたのが、アメリカの女性天文学者ヘンリエッタ・スワン・リービットだ。
今では女性天文学者として伝えられている彼女だが、実はハーバード大学の天文台に時給30セントで雇われたパートタイマーのおばちゃんだった。
天文台では毎日膨大な数の天体写真を撮影しているため、その天体写真の分析や管理が非常に大変な作業となっていた。これはきちんと整理してファイリングしなければ、たちまち何の記録なのかワケがわからなくなってしまう。
当初この仕事は、天文台の男性職員が務めていた。しかし、彼らの仕事はかなりずさんだったようだ。当時の天文台所長であったピッカリングはこのことにブチ切れて「うちのメイドの方がずっとマシな仕事をする!」と彼らを解雇してしまった。
そして、本当に自分の家のメイドを天体写真データの整理に雇ってしまったのだ。
だが、このメイドは思いの外いい仕事をした。
このことでピッカリングは、「女性は言われた通りに作業を正確にこなす上、しかも男より給料が安い」として、この天体写真の整理に男性職員を採用することはやめて、積極的に女性パートタイマーを雇うようになった。
そんな中で採用された女性パートタイマーが、リービットだ。20世紀初頭は女性の給料は男性の半分程度だった言われている。女性の社会進出には程遠い時代で、ピッカリングは当時の相場より高い給料を提示してリービットを雇ったというが、それでも現代の相場に直せば時給600円くらいのものだったようだ。
彼女は膨大な天体写真の中からセファイドと呼ばれる変光星を探し出してカタログを作るという作業に従事した。これは撮影された星の明るさを測り、日々の記録の中で明るさが変化しているかを確認して探し出すという、気の遠くなるような大変な作業だった。
しかし、リービットを始め女性パートタイマーたちは非常に勤勉に働いた。連日大量の天体写真を整理して変光星のカタログを作り続けていた彼女たちは、いつの間にやら現職の天文学者たちよりも変光星を見つけ出すのがうまくなってしまった。
そしてあるとき、リービットは膨大な数の変光星を観察する中で、変光周期が長い星ほど明るく輝いており、そして変光周期が一致していると星の明るさが同じであるという相関関係に気付いたのだ。