あなたがもしスパイ活動をするなら、秘密のメッセージを敵にバレないように送らなければいけません。安全にそのメッセージが送れるかどうかは死活問題だからです。しかし心配はいりません。音楽を通じて秘密のメッセージを送ることができます。
「音楽暗号化法(music cryptography)」と呼ばれるその方法は、ドレミをアルファベットやコードに対応させることで、言葉を楽譜に記しているものです。
実際にメッセージを込めたランダムの楽譜を演奏してみても、ふつうの人はまさか音楽にメッセージが含まれているとは考えないので、内容を隠すには完璧なように思われます。しかし、西ミシガン大学のデビッド・コード教授は次のように語ります。「もし暗号の旋律が美しくなければ、音楽はひどく退屈なものとなり、その楽譜をすぐに疑ってしまいます」
この「暗号楽譜」を最もよく使っていたのは、実はクラシックの作曲家たちでした。といっても、それらがスパイ活動に使われたという記録は残っていません。彼らはむしろ、自分の名前や友人の名前を旋律に変え、単に楽しんでいたと思われます。そして、そのような遊びが実際の作曲にインスピレーションを与えていたこともあるようです。
「愛」を暗号化したブラームス
暗号を用いた有名な曲に、ドイツ人作曲家ブラームスが1868年に作った “String Sextet No. 2 in G major” があります。
Brahms’ Sextet No. 2 in G Major
1858年の夏の日ー。25歳のブラームスは、友人の音楽教室の生徒であった23歳のアガーテ(Agathe)に激しい恋心を抱きます。1859年、彼らは結婚のため準備を進めていましたが、ブラームスは音楽に専念するために婚約を破棄していまいます。
そして後にアガーテは違う男性と結婚。ブラームスは音楽に従事しつつも、彼女のことを忘れられないでいました。彼自身はその後結婚することなく、生涯独身を貫いたそうです。
そしてブラームスは、自らのその思いを昇華させるために、「A-G-A-H-E(アガーテ)」という調べ(日本のドレミファソラシはドイツではCDEFGAH)を “String Sextet No. 2 in G major.” の中で用いたのです。ブラームスは友人に対し、「この曲を通して、最後の愛に身を投じた」と語っています。