電気刺激による味覚操作の技術デモの様子。
電気刺激による味覚操作の技術デモの様子。 / Credit:宮下研究室/WISS2019
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食べ物の味が変わる手袋! 電気刺激で味覚を操作する新技術を取材

2019.11.14 Thursday

皆さんは好きなものを好きなだけ、気の向くままに食べたいと思ったことはありませんか?

食事は私たちにとって最高の娯楽の1つです。

しかし現実は、食べ過ぎや肥満、塩分・糖分の過剰摂取など健康上の様々な問題が障害となって、自由気ままな食事を楽しむことができません。

コンサートホールへ行かなくてもオーディオ機器が聴覚を楽しませ、実際その場にいなくても映像が視覚を楽しませてくれるように、味覚も自在に楽しめるようにできないのでしょうか?

11月13日から15日に幕張メッセで開催された先端デジタル技術をテーマにしたイベント『Digital Content EXPO2019』では、そんな味を操作する夢の技術に関する研究が展示されています。

今回はその技術研究の筆頭となっている、明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科の宮下研究室にお邪魔してお話を聞いてきました。

果たして、「味覚を制御する」そんなことは可能になるのでしょうか?

明治大学 宮下研究室 https://miyashita.com/

食べ物の味を変える電気味覚の研究

kain:「電気味覚」は最近テレビ番組でも取り上げられたり、様々なメディアで注目を集めている技術です。電気で味を制御するというこの技術について、今回は研究者の宮下教授に直接解説していただこうと思います。どうぞよろしくおねがいします。

宮下:はい、よろしくおねがいします。

kain:と、かしこまった雰囲気で始めましたが、実は宮下教授は私の大学院時代の研究室の先輩なんですよね。この取材もその縁で受けていただいています。

宮下:そうだね(笑)。なので、他のメディア取材では複雑になりすぎないよう控えめな説明で済ませていた部分についても、きちんと詳細に解説を書いてもらえると期待しています。

kain:いやあ、大丈夫かな…。では、まずは「電気味覚」がなんなのかというところからお願いします。

宮下:電気が味覚に作用するという事実自体は、250年以上も前にズルツァーという科学者によって発見されているんです。

kain:歴史がありますね。

宮下:そうなんです。だからぽっとでの研究というわけではないんですよ。ズルツァーはこのとき、種類の異なる2種の金属を口にくわえると味を感じることに気づいたんだそうです。

kain:銀歯を入れている人が金属の食器をくわえると嫌な感じがするというのが、2種の金属が化学反応で電気を生み出しているせいだと聞いたことがありますね。

宮下:まさにそれだね。これは電池と同じ原理で口内に電気が流れるからなんです。同じ事実は電池を発明したボルタも気づいていたと言われてます。

2種の金属で電気が流れる原理
2種の金属で電気が流れる原理 / Credit:すじにくシチュー/Wikibooks

こうした事実から、その後電気による味覚の刺激について多くの研究が行われたんです。視覚障害の人に舌への刺激で周囲の状況を知らせるという研究もあります。しかし、多くは舌状に電極を取り付けて刺激を与えるようなものが多くて、味覚の研究でありながら、なかなか食事という行動と結びつく研究は出てこなかったんです。

kain:そこに新しい風を吹き込んだ研究者が宮下研究室に現れたんですね。

宮下:宮下研究室では、当時は博士後期課程の学生として所属していた中村裕美さん(現東京大学)が電気味覚の研究を始めました。中村さんは、フォークやストローに電極を取り付けて、口に含んだ食品を介して舌に電気刺激を伝えるという方法で実験をしたんです。

Credit:明治大学 宮下研究室 / 中村裕美

kain:ここから食事と結びついた本格的な電気味覚の研究が始まったわけですね。

宮下:宮下研で行われた初期の研究では、この方法で食品に化学物質を添加することなく味だけを変えるということに成功しました。ただ若干金属のような変な味もしていて、美味しさを出すとか、狙った味を出すということは、まだできなかったんです。

kain:たしかに金属をくわえたときの味って考えると微妙かもしれませんね。

宮下:その後の研究によって、舌にプラスの電極刺激を与えた場合と、マイナスの電極の刺激を与えた場合で味の感じ方が変わるということがわかったんです。

kain:つなぐ電極によって味が変わるんですか?

宮下:おもしろいよね。ただ、この事実についてはハムスターを使った先行研究があるんです。

kain:ハムスター。

宮下:実はハムスターは味を感じているときに検出できる活動電位というものがあって、それを測定することで味を感じているのかいないのか、またどのくらいの強度で味を感じているかということが調べられるんだそうです。これは2009年に発表されたHettinngerという研究者の論文で報告されています。

Credit: 中村裕美 /Hettinger, Thomas P and Frank, Marion E: Salt taste inhibition by cathodal current, Brain Res Bul, vol.80, No.3, pp.107–115, 2009.

kain:ハムスターでそんなことが。

宮下:そしてこの研究が、ハムスターの味覚に陰極をつないで行われていたんです。グラフはハムスターの活動電位を表していますが、最初の大きい波は電気を与えずに塩水を飲ませた状態です。ここで陰極刺激を舌に与えると、まったく味を感じていない状態になるんですね。そして、陰極刺激をOFFにすると前より強い味の刺激が確認できたというんです。

kain:味の刺激にバネのような反動があったということですか?

宮下:そうです。僕たちの実験でも、陰極(マイナス)を食品に繋いだ場合、人は口に入れた瞬間塩味を感じなくなり、食品がフォークを離れて通電が途切れた瞬間、まるでバネのように塩味が跳ね戻り味を強く感じるという結果が得られたんです。

kain:初期に行われた研究は、陰極ではなかったんですね。

宮下:一番初期の研究では、両極型という形を取っていました。食品に常に電気が流れているような状態ですね。その後の実験では一極型になりましたが、食品には陽極をつないでいました。

kain:つまり電気味覚は、食品を陰極につないだ場合は塩味が一旦なくなり離すと強く感じるようになって、陽極につないだ場合は金属のような電気の味が加わる、ということですか。

宮下:そうなんです。実はこのつなぐ極によって電気味覚の効果が異なるという事実は、メディアに説明するのは初めてなんですよ。いつもはここまで求められないので。

kain:なんと。じゃあこれは貴重な解説ですね。

宮下:効果を見た場合、陰極のほうが有用そうだということになりました。そこで陰極刺激を食品に与えるためのデバイスを開発しました。

手袋型の電気味覚デバイス。
手袋型の電気味覚デバイス。 / Credit:ナゾロジー/明治大学 宮下研究室  / 中村裕美

この手袋自体は絶縁体で、人差し指の指先にだけスマホ操作可能な手袋に使われている電導性素材の指サックを付けています。ここに陰極をつないで、陽極は手袋を貫通して地肌に接触させています。

こうすることで食品を掴み口に入れると身体を通じて電気が流れ、食品から食器や手が離れると電気がOFFになるようにしているんです。

kain:最初の研究では食器だったデバイスが、手袋になったのはなんでなんですか?

宮下:単純に金属の食器を掴めばなんにでも効果を出せるというのと、食品を直に掴んだ場合でも効果を出せるからです。お寿司やスイカなんかはこの手袋で手づかみで食べた場合でも効果を発揮できます。デバイスを手袋にしたという点は、ありそうでなかった発想で研究を発表する際にも高く評価されているポイントです。

スイカも手づかみで電気が流せる。
スイカも手づかみで電気が流せる。 / Credit:宮下研究室

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