イカの環歯の自己再生能力を利用
私たちが日々使っているマスクは、繰り返しの着用ですぐに繊維がボロボロになり、小さな穴からウイルスの侵入を許してしまいます。
またソフトロボットのアクチュエータ(人工筋肉)も繰り返しの動作で内部繊維が劣化し、切れやすくなってしまいます。
これら柔らかな素材の持つ脆弱さを解決するには、素材自体が生物の体のように自己修復機能を持つ必要がありました。
そこでドイツの研究者は「イカの環歯」に着目したのです。
イカの環歯は、個々のイカ吸盤の中心部に存在する環状の硬い構造物であり、イカが獲物の体を掴むために使われます。
このイカの環歯は、私たち人間の歯と違って自己修復能力があることが知られており、ヒビが入った場合でも即座に再接着し、強度を回復させることが分かっています。
このイカの環歯の回復力の秘密は、イカの遺伝子が作る特殊なタンパク質に由来します。
特殊なタンパク質は歯としての硬さを維持する結晶状の構造の他に、再結合力に富んだ柔らかな構造も持ち合わせていました。
そこで研究者は、イカの遺伝子を組み替えることで、より優れた自己修復能力を持つ、人工素材を作れないかと考えました。
近年の急速な合成生物学の進歩は、塩基配列の変更を通して、イカの環歯の自己再生能力を引き継いだ、より優れた新素材の設計を可能にしています。
研究者はイカの遺伝子を様々なパターンに書き換え、得られた改良タンパク質の性能をチェックしていきました。
結果、ある特定の組み換え配列が、驚異的な自己再生能力をもった新素材の設計図になることが判明したのです。
その新素材は、切断や貫通といった損傷を1秒以内に自己修復し、修復後の強度も損傷前と全く同じレベルまで回復しました。
これまで開発されたポリマーベースの自己修復素材の多くは、修復に数時間から数日を要していただけでなく、修復のたびに損傷個所の強度が低下していました。
しかし自己回復素材に改良した生物の体(イカの環歯)を使ったことで、非生物学的素材が持ちえない圧倒的な性能を得られたのです。