超音波療法で記憶容量を回復できる
ドイツ人医師アロイス・アルツハイマー博士は、20世紀初頭に記憶障害のあった女性について、死後に脳組織の調査を行い、そこに脳の萎縮や脳内のシミ(老人斑)、脳神経内の糸くずのようなもつれを発見しました。
こうした特徴は、後に「アルツハイマー型認知症」と呼ばれることになります。
このとき見られた老人斑の大部分を構成してたタンパク質が、アミロイドβです。
アミロイドβは健康な人の脳内でも発生していますが、通常は短期間で分解され排出されます。
しかし、これが排出されずに脳内に蓄積していくと、認知症発症の原因となってしまうのです。
アミロイドβの蓄積から、アルツハイマー病の発症までは20年近くのタイムラグがあると言われています。
そのため、脳内に蓄積するアミロイドβを減らすことができればアルツハイマー病の発症を予防し、記憶力を回復することができると考えられるのです。
最近ニュースで話題になっている、米国食品医薬品局(FDA)が20年ぶりに承認したというアルツハイマー病治療薬、エーザイの「アデュカヌマブ(Aduhelm)」も、脳内のアミロイドβを減少させる薬です。
そして、今回の新しい研究もこの脳内で蓄積してしまうアミロイドβの分解に関連しています。
2015年、クイーンズランド脳研究所のユルゲン・ゲッツ(Jürgen Götz)教授らは、超音波がマウスの脳からアミロイドβを取り除くことに成功したという研究を発表しました。
具体的には、静脈注射されたマイクロバブル(微小気泡)と併用することで、血液脳関門が開かれて休眠状態にあったミクログリア(中枢神経系のグリア細胞)が活性化し、細胞内消化の場であるリソソームがアミロイドを取り込んで分解するのだと、ゲッツ博士は説明しています。
詳細な原理はともかく、この超音波スキャンとマイクロバブルを併用した治療法は、その後の研究で、老化したマウスの脳において、記憶力を大幅に改善させることに成功しました。
マウスで成功したからといって、人間にどの程度効果的かは今後の臨床試験で証明する必要がありますが、有望な新しい治療法であることは確かでしょう。
この超音波治療は、マウスの場合週5~8回の治療が必要となりました。人間の場合、こうした超音波治療には長期化が考えられます。
問題はマイクロバブルの静脈注射は、過剰投与を避けなければならないという点です。
これは今後、超音波治療の安全性と認知機能向上の臨床結果から決定されるでしょうが、いくら有効だったとしても治療回数には制限が加えられることになるでしょう。
そして同様の問題は、話題の新薬「アデュカヌマブ(Aduhelm)についても存在します。
新薬は承認を受けましたが、臨床効果を証明するためにはまだ長い期間が必要となり、やはり過剰投与を避けるために治療回数はある程度制限されるでしょう。
そこで有望となってくるのが、この2つの治療法を組み合わせて利用するという方法です。
新薬「アデュカヌマブ」も、超音波治療も同じアミロイドβの減少をターゲットとした治療法です。
異なる技術を用いた2つの治療法を同時に行えば、治療回数を制限したとしても有望な効果を期待できるのです。
ただ、いずれにしてもこれらの治療法は、アミロイドβの蓄積を抑えることで記憶力を回復させる治療法です。
そのためには、アルツハイマー病をどれだけ早い段階で診断し、早期に治療を開始できるかにかかっています。
より多くの人を救うために、早くその成果が証明されるといいですね。