微生物が「腐ってるよ」と教えてくれる

タコの腕には、独自の感覚受容体が備わっていて、触れたものの化学成分を感じ取ることができます。
いわば、触覚と味覚が合体したような感覚器官なのです。
研究チームが注目したのは、野生のタコが実際に触れている表面――つまり獲物や卵の殻の表面を覆っている微生物たちです。
たとえば、シオマネキというカニの甲羅や、自分の卵の表面には、時間とともにさまざまな微生物が棲みつきます。
このとき重要なのは、タコが直接カニや卵の中身を見て判断しているわけではないということです。
タコが感じ取っているのは、表面にいる微生物たちが作り出す分子=化学的な“風味”なのです。
生きたカニの殻はほとんど無菌状態に近いのに対し、腐ったカニの殻には有害な細菌がびっしりと繁殖しており、その中の特定の細菌が出す化学物質が「これは腐っているよ」という信号として働くのです。
また、タコが育てている卵も同様で、親が世話をしているあいだはバランスの取れた微生物が表面にいますが、捨てられた卵は有害なバクテリアが異常繁殖し、「これは育ててもムダだよ」という化学信号のサインを発していることがわかりました。
こうした微生物由来の化学信号に、タコの腕の受容体が反応し、獲物かどうか、育てる価値があるかどうかを判断していたのです。