脳の接続をたどって、感覚の仕組みに迫る
イルカはクリック音と呼ばれる高周波の音を発し、その反響音から周囲の様子を把握しています。この仕組みは「エコーロケーション(echolocation)」と呼ばれ、目を使わずにまるで「音で見る」ような能力だとよく説明されます。
けれど実際、イルカはその反響音を「耳」で聞いているわけではありません。
音は、イルカの下あごの骨を通じて、直接頭の中にある聴覚の器官に伝わっているのです。つまり、私たちが耳から音を聞くのとはまったく違う経路で、音を感じ取っているのです。
すると、こんな疑問が湧いてきます。
イルカにとって、この“反響音を捉える感覚”は本当に「見る」感覚に近いのだろうか?
今回紹介する研究は、エコーロケーションが脳内でどのように処理されているかを調べることで、「それがどんな感覚に近いのか?」という問いに迫ろうとしています。
研究チームは、イルカの脳の中で音を処理する領域と、体を動かす領域がどのようにつながっているかを調べました。
具体的には「下丘(かきゅう/inferior colliculus)」という音の情報が集まる中継地点と、「小脳(しょうのう/cerebellum)」という運動の調整をつかさどる部分の間にある神経のつながりを、MRIで可視化したのです。

このつながりを見ることで、イルカの脳が「音」をどのように扱っているのか、つまり“どんな使い方をしているのか”が見えてくると考えられました。
調査には、ストランディング(座礁)などで死亡した実際のイルカやクジラたちの脳組織が使われました。研究された動物は、3種類のイルカ(コモンドルフィン、アトランティックホワイトサイドドルフィン、パン‐トロピカルスポッテッドドルフィン)と、ヒゲクジラの仲間であるミンククジラ1頭です。
研究チームは、この脳データをもとに、イルカのエコーロケーションがどのように処理され、他の感覚(視覚や触覚)とどう関わっているのかを探ろうとしました。