脊椎が切れたラットが「人工培養脊髄」の組み込みで再び歩けるように
脊椎が切れたラットが「人工培養脊髄」の組み込みで再び歩けるように / Credit:Canva
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脊椎が切れたラットが「人工培養脊髄」の組み込みで再び歩けるように

2025.08.27 21:00:53 Wednesday

アメリカのミネソタ大学(University of Minnesota)で行われた研究によって、脊椎が完全に切断されたラットに「人工培養されたミニ脊椎」を移植したところ、完全にマヒしていたラットがぎこちないながらも再び歩けるまでに回復させることに成功しました。

この研究で使われた「人工ミニ脊髄」は、途切れた脊髄を繋ぐための「神経の架け橋」の役割を果たしたのです。

この新しい治療法は、将来的に脊髄損傷で苦しむ人たちにも希望をもたらすことができるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月23日に『Advanced Healthcare Materials』にて発表されました。

3D-Printed Scaffolds Promote Enhanced Spinal Organoid Formation for Use in Spinal Cord Injury https://doi.org/10.1002/adhm.202404817

切れた脊髄を再接続するための新しい発想

脊椎が切れたラットが「人工培養脊髄」の組み込みで再び歩けるように
脊椎が切れたラットが「人工培養脊髄」の組み込みで再び歩けるように / Credit:川勝康弘

私たちの体は、脳が出す「命令」によって動いていますが、脳が出した命令はどのようにして手や足まで伝わるのでしょうか。

その答えは、私たちの背骨の中を通っている「脊髄」という神経の束にあります。

脊髄は、体の中に張り巡らされた「情報を運ぶケーブル」のようなものです。

このケーブルのような神経回路を通じて、脳からの命令が手足まで届き、体は自由に動かせるのです。

また、手や足で感じた「痛い」「熱い」といった感覚も、この神経を通って脳に伝えられます。

しかし、交通事故や転落事故などで背骨が強く損傷すると、中にある脊髄まで傷つくことがあります。

脊髄が傷つくと、脳と体をつなぐケーブルが途中で切れたようになってしまいます。

脊髄は無数の細い神経線維(軸索)と、それを支える神経細胞でできていますが、損傷によってこれらの細胞が死んだり、神経線維が途中で途切れたりすると、脳からの信号が体の先まで届かなくなります。

こうなると、体を動かしたり、感覚を感じたりすることが難しくなり、場合によっては完全に麻痺してしまうこともあるのです。

脊髄の損傷が厄介なのは、神経の線維や細胞がいったん傷つくと、なかなか元通りに繋がらないからです。

皮膚や骨はケガをしても時間が経てば治ることがありますが、神経細胞の場合は一度壊れると自力で回復するのは難しく、切れたケーブルのように再び繋がることが困難なのです。

現在、病院での脊髄損傷治療では、完全に切れてしまった神経を元通りにする方法はありません。

そのため、残った神経や筋肉をリハビリで訓練して、少しでも動きを改善しようという方法が主流になっています。

でも、重い損傷を負った人は自由に体を動かせない状態が一生続いてしまうことも少なくありません。

こうした状況を何とか改善しようと、多くの研究者が新しい治療法を探しています。

特に期待されているのが「再生医療」です。

再生医療とは、人間の体に本来備わっている「自分自身を修復する力」をうまく利用して、傷ついた部分を治そうという医療技術です。

これまで脊髄損傷では、主に二つの再生医療が試されてきました。

一つは「幹細胞」という特別な細胞を使って、神経を再生させる方法です。

幹細胞というのは、「まだどんな細胞になるか決まっていない、万能な細胞の種」のような存在です。

この細胞を傷ついた場所に入れると、新しい神経細胞が生えてくる可能性があるのです。

もう一つは、「人工チューブ」と呼ばれる細くて小さい管を使い、切れた神経線維が再び正しい方向に伸びていけるように誘導する方法です。

これは切れたケーブルの断面をうまく導くパイプのような役割をします。

しかし、これらの方法にも限界がありました。

こうした治療は、脊髄が傷ついてすぐの「急性期」には効果が見られることがありますが、長い時間が経ってしまった「慢性期」の患者さんや、完全に脊髄が切れてしまった状態では十分な効果が出なかったのです。

慢性期や完全切断という難しい状態でも効果を出すためには、これまでの方法とは異なる、さらに新しいアプローチが必要でした。

そこで今回の研究チームは、少し発想を変えました。

従来のように幹細胞をただ傷ついた部分にばらまくのではなく、「脊髄神経前駆細胞(sNPC)」という細胞を使って、まず小さな「ミニ脊髄」のような組織を人工的に作り、それを損傷部分にはめ込む方法を考えたのです。

この「前駆細胞」とは、「神経細胞の赤ちゃん」と言える存在で、幹細胞から少し成長した、神経になることがほぼ決まった細胞です。

この神経細胞の赤ちゃんを、あらかじめ3Dプリンターで作った細かな構造の「足場」の上で育てることで、人工的に神経の橋を作れるのではないかと考えました。

ちょうど切れた橋を直す時、あらかじめ別の場所で作った新しい橋のパーツを持ってきてはめ込むように、「ミニ脊髄」を移植することで神経が自然につながる仕組みを手助けしようという試みです。

もしこの方法がうまくいけば、傷ついて時間が経った患者さんでも治療できる可能性が出てきます。

さらに3Dプリンターを使えば、患者さんの体の大きさや損傷の具合にぴったり合った、患者さん専用の「神経の架け橋」を作れる可能性もあります。

今回の研究は、そんな新しいアイデアを実現するために始まりました。

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