鳥の網膜は「酸素ゼロ」で動いていた——血管すら排除して何を目指したのか?
鳥の網膜は「酸素ゼロ」で動いていた——血管すら排除して何を目指したのか? / Credit:Canva
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鳥の網膜は「酸素ゼロ」で動いていた——血管すら排除して何を目指したのか?

2026.05.20 19:30:51 Wednesday

眼科医に強い光を当てられたとき、視界のなかに枝分かれした木のような影が浮かんで見えたことはないでしょうか。

実はあれ、自分自身の網膜の血管の影なのです。

普段は意識しませんが、人間の網膜には細い血管が張り巡らされていて、いつも視界の一部をうっすら遮っています。

私たちは「視界のクリアさ」と引き換えに、「酸素の供給」を選んでいるわけです。

ところが、まったく逆の選択をした動物がいます。

鳥です。

光の通り道をできるだけ透明に保つ方向に進化した結果、網膜の内部には酸素を運ぶ血管を持たない形になったのです。

では、その鳥たちはどうやって酸素を網膜に届けているのか——この問いは、17世紀から300年以上にわたって科学者を悩ませてきました。

そしてついに、デンマークのオーフス大学(AU)の研究チームが、答えを見つけました。

研究の詳細は、2026年1月21日付の科学雑誌『Nature』に掲載されています。

Bird retinas function without oxygen – solving a centuries-old biological mystery https://www.eurekalert.org/news-releases/1113036
Oxygen-free metabolism in the bird inner retina supported by the pecten https://doi.org/10.1038/s41586-025-09978-w

血管を捨てた鳥と、300年解けなかった謎

血管を捨てた鳥と、300年解けなかった謎
血管を捨てた鳥と、300年解けなかった謎 / Credit:Canva

視力を取るか、酸素を取るか

網膜は、眼球の奥にある薄いシート状の組織です。

眼に入ってきた光をキャッチして、電気信号に変えて脳に送る——いわば「目のセンサー部品」と思ってもらえれば大丈夫です。

このセンサー部品は、体のなかでもとびきりエネルギーを使う場所です。

同じ重さの脳と比べても2〜3倍ものエネルギーを消費するといわれます。

働きものすぎて、栄養も酸素もたっぷり必要なのです。

だから、人間を含むほとんどの脊椎動物の網膜には、酸素を運ぶための血管が密に張り巡らされています。

けれど、この血管はちょっとした「やっかいもの」でもあるのです。

なぜなら、血管は光の通り道に立ち塞がってしまうから。

せっかく目に届いた光を、血管が散らしてしまうのです。

つまり、ほとんどの動物の網膜では「視界のクリアさ」と「酸素の供給」が、お互いに足を引っ張り合っています。

視界をクリアにしたければ血管を少なくしたい、けれど血管が少ないとエネルギー切れになる——ジレンマです。

多くの動物は、視力を多少犠牲にしてでも酸素を確保する道を選びました。

ところが、鳥はこの取引を蹴ったのです。

タカやワシ、フクロウの目のよさは、みなさんもご存じでしょう。

ハチドリは毎日、何百もの花を空中で見分けながら飛び回ります。

アホウドリは大海原のかすかな魚影を、はるか上空から見つけ出します。

渡り鳥は何千キロも離れた目的地を、地形の目印をたどって正確にたどり着きます。

あの驚異的な視覚を支える土台のひとつが、「血管なしの網膜」だと考えられています。

しかし、当然の疑問が残ります。

血管がないのに、どうやって大量の酸素を網膜に届けているのか?

300年間「たぶんそう」で片づけられていた問題

実は、鳥の眼球の中には、鳥に特有の発達をした奇妙な構造があります。

眼球の奥から内側に向かって、羽根のように突き出した血管の塊。

これを眼櫛(がんしつ、ペクテン)と呼びます。

1600年代から、解剖学者たちはこの不思議な器官の存在を知っていました。

そして自然と、こう考えるようになります。

「網膜に血管がないなら、きっとこの眼櫛が酸素を運んでいるに違いない」

これが、300年以上ものあいだ主流であり続けた説です。

ところが、おかしなことに——誰一人として、この説を直接確かめてはいなかったのです。

なぜか?

確かめる技術がなかったからです。

「生きたままの鳥を、できるだけ普通の状態に保ったまま、眼球のなかにセンサーを通して酸素を測定する」——これは口で言うほど簡単ではありません。

鳥が苦しがって動いたり、麻酔が強すぎて呼吸が乱れたりすれば、出てくる数字は「普通の状態」のものではなくなってしまいます。

そんなわけで、「眼櫛が酸素を運んでいるはず」という仮説だけが、証拠のないまま300年もひとり歩きしていたのです。

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