遺伝操作で絶対に片方の性別しか生まないマウスを開発!
人間にとって、特定の性別の子どもしか産まれなくなるのは「呪い」と言ってもいいかもしれません。
しかし動物の世界、特に畜産業や動物実験においては、人間の望みと異なる性別を持って生まれた子どもは、全て廃棄処分されてしまう運命にあります。
例えば鶏肉の場合はメスの肉のみが商品として売られるため、うまれてきたオスのヒヨコは良くて安楽死、悪ければ肉挽き機に生きたまま投げ込まれ、肥料にされてしまいます。
また生殖システム(卵巣や精巣など)や乳がんなど特定の性にかかわる研究をしている実験現場では、研究対象外の性別を持った子マウスや子ラット、子モルモットは確実な死が待っています。
研究室がうみだす不要動物の数は膨大で、なおかつ多くが自然界には存在しない変異体であるため、逃亡のリスクをかかえるより速やかな殺処分が求められます。
そのため、特定の性別だけしか産まれなくなる技術は、畜産や動物実験の現場では、無駄な殺しを減らし、目的の性別の子どものみを得る手段として長く待ち望まれていました。
そこで今回、フランシス・クリック研究所の研究者たちは、2020年にノーベル賞をとったことでも有名な遺伝子組み換え法「CRISPR-Cas9」(クリスパー・キャスナイン)を用いた「100%の精度で産み分けできる技術」を開発しました。
といっても、実は難しい話ではありません。
仕組みそのものは小学生でも理解できる非常に簡潔なものとなっています。
遺伝子操作技術は小難しいイメージがありますが、やっていることはDNAを切ったり貼ったりして、新たな遺伝子を加えたり元々の遺伝子の機能を奪ったりするだけです。
今回用いられたCRISPR-Cas9もそれは同じ。
CRISPR-Cas9は操作したいDNAの場所を検知する「ガイドRNA」と検知した目的の場所のDNAを切る「人工酵素」という2つのパーツから構成されており、DNAの切り貼りがセットで効率的に行える、とっても便利なツールとなっています。
ではその便利ツールをどうやって産み分けに使うか?
その答えも簡単です。
人間やマウスの場合、性染色体の組み合わせがXXならメス、XYならオスになります。
そこで研究者たちはCRISPR-Cas9を2つに分解して「ガイドRNA」をメス親の両方のX染色体にはめ込み「人工酵素」をオス親のY染色体だけにはめ込みました。
こうすると受精によってメスのX染色体とオスのY染色体がそろってオスの子どもの受精卵ができたときだけ、CRISPR-Cas9の便利ツール機能が働き、遺伝子操作が可能になります。
そして、このときの人工酵素が行う遺伝子操作の内容に「細胞分裂にとって重要な遺伝子(TOP1)の破壊」を入れると、CRISPR-Cas9がそろうオスの子どもの受精卵は細胞分裂がまともに起こらず、オスの子マウスがうまれることはありません。
やっぱり小難しいじゃないかと思う場合は、毒ビンがオスのY染色体に、コルクの栓抜きがメスのX染色体にあると思って下さい。
将来オスの子マウスとなる受精卵の場合、XとY、つまり毒ビンと栓抜きがそろうので、毒があふれ、オスの受精卵のまま死んでしまうのです。
オスとメスに逆のパターンを当てはめても、このシステムは機能します。
また興味深いことに、この仕組みをマウスに用いてオスのみを絶対に産まれないようにした場合、うまれてくる子ども(全てメス)の総数は、単純に半分にはならないことが判明しました。
マウスの妊娠が起こる時には、あらかじめメスマウスの子宮のキャパシティーを超える胎児(約1.4倍)がスペアとして用意され、胎児が成長するにつれて、定員オーバーしているぶんの胎児が死んでいくようになっています。
定員オーバーの妊娠が起こる本当の原因は不明ですが、子宮内部で選別が行われることで、うまれてくる子どもが健康である確率を高める効果があるのかもしれません。
そのためオスが絶対生まれないようにした場合でも産まれてくる子どもの総数は半分ではなく、1.4倍の半分である70%ほどの数になるとのこと。
なお人工酵素が操作対象とした「細胞分裂にとって重要な遺伝子(TOP1)」はマウスだけでなくヒトを含む哺乳類全般、鳥や魚にも存在するため、同様の産み分け法は幅広い動物に適応可能と考えられます。
例えば、絶滅危惧種などにおいてメスだけが極端に不足している場合など、この技術を使うことで一気にメスを補充することが可能になります。
そして養鶏場ではメスのヒヨコだけがうまれるようになり、動物実験の現場でも研究対象となる性別の子孫だけを得ることができます。