胎児は「漬け物」状態に
妊婦のミイラは、「ミステリアス・レディ(Mysterious Lady)」と呼称されており、体内に胎児を残している唯一の標本と考えられています。
1826年12月にワルシャワ大学に寄贈されて以来、ずっと保管されたままでしたが、昨年の調査でようやく妊婦であることが発覚しました。
現時点で分かっているのは、紀元前1世紀に20代で亡くなったこと、すでに妊娠26〜30週目に入っていたことぐらいです。
彼女の出自や死亡原因など、ほとんどのことがその名の通り、よく分かっていません。
研究チームは今回、X線やCTスキャンを用いて、ミステリアス・レディの体内を細かく調査。
その結果、子宮内部に胎児が手付かずの状態で残されていること分かりました。
しかも、その様子は「まるでピクルス(漬け物)のようだった」と、本研究主任でワルシャワ大学のマルゼナ・オザレク=シルケ(Marzena Ożarek-Szilke)氏は言います。
シルケ氏によると、子宮の内容物を含むミイラの血液pH値は著しく低下して、より高い酸性度を示し、アンモニアとギ酸の濃度が時間とともに上昇していた、とのこと。
さらに、ミイラの防腐処理に使用されるナトロン(水を吸収する乾燥剤)で体内が満たされたことで、酸素や外の空気のアクセスが限りなく遮断されていました。
最終的に、子宮がほぼ密閉状態になり、胎児は「腐敗」という時間の試練に耐えることができたのです。
以上の結果について、カイロ大学の放射線学者、サハル・サリーム(Sahar Saleem)氏は「骨が見つかっていない点から、胎児とは断定できないのでは?」と疑問を呈していました。
確かに、ミイラの解剖学においては、骨の有無がその正体を突き止めるカギとなりますし、胎児にも骨はあります。
しかし、これに対しシルケ氏と研究チームは、こう反論します。
「妊娠の最初の6ヶ月において、胎児の骨はミネラル化がほとんど進まず、さらに2000年という長い期間を経た後では、そもそも骨の発見は困難です。
その上、子宮内が酸性化したことで胎児の骨が脱灰されたため、検出がさらに困難になったと考えられます。
たとえば、酢で一杯になった鍋に卵を入れると想像してください。
卵殻のミネラルが酸で溶出して、軟組織である卵白と黄身だけが残されるのです」
つまり、骨が見つからないことも、子宮内の酸性化で説明がつくというわけです。
それよりもシルケ氏は「これが胎児かどうかを議論する以前に、もっと大きな謎が残されている」と指摘します。
なぜ胎児はミイラ化の段階で取り除かれなかったのか? ということです。