オーストリアには存在しない「岩石」が使われている
ヴィレンドルフのヴィーナスは現在、ウィーン自然史博物館(Natural History Museum Vienna)に保管されています。
女性の姿をかたどった高さ11.1センチの小像で、でっぷりとふくよかな体型が最大の特徴です。
これは、当時の女性のリアルな模写ではなく、当時の「理想的な女性の姿」を表しています。
古代社会は、今ほど簡単に食料が手に入らないので、貧相にやせ細った人も多かったでしょう。
その中で、ふくよかな体型が「美しさ」や「多産・豊穣」のシンボルとなったのです。
さて、このヴィーナス像は、そのデザインだけでなく、素材も特別です。
他のヴィーナス像が象牙や骨、粘土を使っているのに対し、ヴィレンドルフのヴィーナスは「ウーライト (魚卵状石灰岩)」という特殊な材料を用いています。
ウーライトは、発見地であるヴィレンドルフ周辺には存在しないものです。
そのため、この像がどこで作られたのか、長年の謎となっていました。
ウーライトの産出地が「北イタリア」と判明!
そこでウィーン大学、ウィーン自然史博物館の研究チームは、マイクロコンピューター断層撮影(マイクロCT)により、ヴィーナス像の内部を調査。
顕微鏡でしか見れない、最大11.5マイクロメートルの解像度の撮影に成功しています。
この情報をもとに、ウーライトの産出地を特定するべく、オーストリア、フランスからウクライナ東部、ドイツからシチリア島までの岩石サンプルを入手し、顕微鏡で観察しました。
何百、何千というウーライトの粒を画像処理ソフト、あるいは手作業で分析。
その結果、ヴィレンドルフから半径200キロ以内のサンプルは、どれもまったく一致しませんでした。
ところがその中で、北イタリアのガルダ湖付近のサンプルと区別がつかないほど一致することが判明したのです。
これは実に驚くべき事実であり、当時の人々が、アルプス山脈の南(北イタリア)から北(ヴィレンドルフ)にいたる途方もない距離を踏破したことを意味します。
これらの人々は、グラヴェット文化(ヨーロッパで栄えた3万3000〜2万4000年前の旧石器文化)に属し、住みよい場所を探しては、そこに定住しました。
そして気候の変化や資源不足に陥ると、新天地を目指して移動しています。
研究チームによると、ヴィーナス像の予想される移動ルートは主に2つ(下図を参照)。
1つは、北イタリアからアルプス山脈をまわって、パンノニア平原へ向かうルート(黄色線)で、こちらは数年前から専門家により指摘されています。
もう1つは、北イタリアのガルダ湖からアルプス山脈を経由して、ヴィレンドルフにいたるルート(青色線)です。
ただし、約3万年前にこのルート上の移動が可能であったかどうかは、その頃から始まった気候悪化も踏まえると不明です。
その時点ですでに氷河が発達していたのであれば、移動はほぼ無理だったでしょう。
そこでチームは、もう一つの気になる場所をあげています。