「磁鉄鉱」を自ら生成できる初の真核生物?
中国科学院(CAS)のヤン・ハオ(Yang Hao)氏は、2018年、マリアナ海溝(水深6980〜1万911m)で採取した海底堆積物から宇宙塵(うちゅうじん)を探す研究をしていました。
(宇宙塵:星間物質の一種で、もともと宇宙空間に分布する1ミリ以下の粒子のこと)
ハオ氏は、海の最深部を探索することで、地球上の生命の起源と、星間物質が生命誕生に果たしたかもしれない役割について、理解を深められると考えていたという。
しかし、堆積物に磁針をさして宇宙塵を探していたところ、まったく予想外のものが発見されました。
磁針に、小さな殻状の生物が付着していたのです。
調べてみると、有孔虫の一種「レジゲラ・ビロクラリス(以下、R. ビロクラリス)」という、単細胞の真核生物であることが特定されました。
(※ 生物界は大きく分けて、細菌・古細菌・真核生物に三分され、細菌と古細菌を合わせて原核生物という。真核生物は、細胞内に核を持ち、動植物、菌類、原生生物が含まれる)
本種が他の有孔虫と大きく違う点は「磁気」を帯びていることです。
こちらは、R. ビロクラリスの遺骸を並べたものですが、磁場にさらされると磁石のようにクルクルと反応するのがわかります。
これは、R. ビロクラリスの体内に、強い磁性を持つ「磁鉄鉱」という鉱物があるためです。
体内の磁鉄鉱は、バクテリア(細菌)から藻類、昆虫、魚、鳥、そして哺乳類に至るまで、多くの生物に見られます。
たとえば、鮭も鼻先の細胞内にナノスケールの磁鉄鉱を持っており、それを使って地球の磁場を敏感に感じ取り、目的地へ正確に移動できるといわれています。
他の生物も同じく、体内の磁鉄鉱を使って、地球の磁場を感じながら、自らを巧みにナビゲートしていると考えられているのです。
その一方で、生物が磁鉄鉱を持つに至った経緯はよくわかっていません。
バクテリアでは、環境中の鉄を利用して磁鉄鉱を自ら生成できるものがいますが、(鮭などの)より複雑な多細胞生物は、磁鉄鉱を生成できるバクテリアを大昔に体内に取り込んだと指摘されています。
では、単細胞の真核生物であるR. ビロクラリスでは、どうなのでしょうか?
ハオ氏らは、マリアナ海溝から採取された約1000個の標本を分析し、彼らが持つ磁鉄鉱について調査。
その結果、R. ビロクラリスの持つ磁鉄鉱の化学・物理的構造は、周囲の環境中に存在する磁鉄鉱とも、バクテリアが生成する磁鉄鉱ともまったく違うことが判明したのです。
これは、R. ビロクラリスが体内で独自に磁鉄鉱をつくっていることを示唆します。
まだ確証を得ていませんが、この見解が正しければ、本種は「自ら磁鉄鉱を生成できる初の単細胞の真核生物になる」とのこと。
チームは現在、R. ビロクラリスを実験室内で生存させ、ゲノムの解読に取り組んでいます。
もし成功すれば、生物が磁気感覚を持つに至った経緯について、より理解を深められるかもしれません。