蛾の翅で「超薄型の防音材」が作れる?
蛾の翅の吸音性は、最大の天敵であるコウモリの脅威によって進化しました。
コウモリは今から約6500万年前に「エコロケーション(反響定位)」の能力を獲得しています。
エコロケーションとは、超音波を発し、その反射(エコー)を感じ取ることで、周囲の状況を把握する技術です。
これによりコウモリは、狩りに視覚を必要とせず、暗闇の中でも好物の蛾を得られるようになりました。
しかし、蛾の方も黙って食べられるわけにはいきません。
彼らはコウモリに居場所を特定されないよう、超音波を吸収できる翅の構造を進化させたのです。
蛾は「鱗翅(りんし)類」と呼ばれるように、翅に鱗(うろこ)状に並んだ鱗粉を持っています。
翅を顕微鏡で拡大してみると、鱗粉が屋根瓦のように秩序立って並んでいることがわかり、これが音を吸収するシステムになっていたのです。
実際、ブリストル大による以前の研究では、蛾の翅が吸音材として機能し、コウモリからほとんど「見えなく」なっていることが判明しています。
この蛾の翅が持つ構造は、防音室などの壁と原理的に似ています。
しかし、それが非常に薄い翅の微細構造によって実現されていたのです。
そこで同チームは今回、蛾の翅を吸音パネルとして利用できるのではないか、と考えました。
研究主任のマーク・ホルデライド(Marc Holderied)氏は「まず知る必要があったのは、蛾の翅が、壁のような音響的に反射率の高い表面に貼り付けられたときに、どれくらい吸音性を発揮できるかという点でした」と話します。
そのためにチームは、ヤママユガ科のサクサン(学名:Antheraea pernyi)の翅をアルミニウムの盤上に貼り付け、その吸音能力をテスト。
その結果、蛾の翅は、硬い表面に貼った場合でも、入射してくる音波の87%を吸収できることが判明したのです。
加えて、翅のノイズキャンセリング機能は広帯域かつ無指向性であり、幅広い周波数および、どんな角度から入ってくる音波にも対応できることがわかりました。
同チームのトーマス・ニール(Thomas Neil)氏は「さらに素晴らしいのは、翅が非常に軽量で薄いこと」と指摘。
「これらの驚異的な性能により、蛾の翅は、従来の材料では作れない、次世代の吸音材を開発するためのヒントとなるでしょう」と述べています。
本研究の成果により、蛾の翅を利用した超薄型の吸音パネルを作成し、自宅の壁や建物の外壁に取り付ける道が開かれました。
騒音公害は現在、健康を損ねる環境要因として大いに懸念されており、難聴や高血圧、ストレス、心臓病、睡眠障害などとの関連が指摘されています。
また、世界的な人口増加に伴い、都市部が騒がしくなるにつれ、軽量かつ効率的な防音材の必要性が高まっています。
ブリストル大の研究チームは今後、蛾の翅の吸音メカニズムに基づいた質感をもつ素材を試作する予定です。
超薄型の防音壁紙が誕生する日は、そう遠くないかもしれません。