コウモリは「4年前の着信音」を忘れていなかった!
ディクソン氏は、大学院生のときに、パナマ・スミソニアン熱帯研究所(STRI)でこの実験を開始しました。
第一段階として、49匹の野生のカエルクイコウモリを捕獲し、ちゃんと音に反応するか確かめるため、好物のトゥンガラガエル(túngara frog)のオスの求愛音を聞かせました。
コウモリが音のする方へ飛ぶと、スピーカーの上に置いてある魚のエサが報酬として得られます。
第二段階として、このカエルの鳴き声に、少しずつ電話の着信音を混ぜ込み、最終的には着信音のみに置き換えました。
これを「着信音1」として、エサの報酬と結びつけます。
次に、エサとは関係のない3つの着信音を導入し、コウモリが音を聞き分けられるよう訓練を開始。
やがてコウモリは、音を正確に聞き分け、報酬の得られない着信音の方には飛ばなくなりました。
この実験の成功後、49匹すべてにマイクロチップを付けて、野生に返しています。
それから4年後、チームはマイクロチップの発信源を頼りに、49匹のうちの8匹を再び捕獲。
これらのコウモリに、かつて覚えた着信音1と、新たな着信音を聞かせて、覚えているかどうかをテストしました。
その結果、うち6匹が正確に音を聞き分け、着信音1のスピーカーまで飛んでいき、エサを手に入れることに成功したのです。
これは、コウモリが4年前の訓練を覚えていたことを示唆します。
チームは比較のため、訓練を受けていないカエルクイコウモリ17匹を新たに捕まえ、同じ実験をしました。
すると、ほとんど全ての個体が、耳をピクピクさせたものの、音の方に飛んでいくことはなかったのです。
ディクソン氏は「野生動物の記憶に関する研究は比較的少なく、自然界の長期記憶についてはまだ体系的に理解されていないため、この結果は私たちに多くのことを教えてくれるでしょう」と述べています。
次に聞く機会があるかどうかもわからない音を、野生のコウモリが4年間も記憶し続けていたという事実は、めったに遭遇しない獲物を覚える能力がこの捕食者にとって有利である可能性を示しています。
それはコウモリのこれまで知られていなかった認知能力を示唆するものです。
発表された論文中には、魚や鳥、ヤギ、霊長類にいたるまで、長期記憶を記録した先行研究が39件あげられています。
その中には、カメで9年、アシカで10年、イルカで20年という長期記憶を示した例もありますが、それらはいずれも飼育下で生活していた個体です。
野生と飼育では、環境がまったく違い、直面する危険の回数にも大きな開きがあります。
そのため、何を覚えて、何を忘れるべきかは、野生と飼育のどちらに住むかで大きく変わってくるはずです。
また、長期記憶があるからといって、必ずしも生存に有利になったり、生活が楽になるわけではありません。
たとえば、人為的に記憶力を向上させたミバエは、普通のミバエとうまく共存できなくなることがわかっています。
(みなさんにも「忘れられないから苦しい」という経験が一度ならずあるのではないでしょうか)
研究チームは今後、異なる種のコウモリでも実験データを集めることで、長期記憶がどのような生活環境で有利に働くのかを明らかにしたい、と考えています。