AIは人類が知覚できない「物理変数」を認識している
私たちが良く知るニュートンの運動方程式は「力=質量×加速度」と3種類の変数で記述することができます。
ニュートンは偉大な科学者でしたが、運動方程式を完成させるには前段階として「力」「質量」「加速度」という3種類の変数を認識する必要がありました。
かの有名なアインシュタインも、エネルギーや質量といった変数を認識しないままでは、相対性理論を作り上げることはできなかったでしょう。
このように、人類が物理法則を発見するには、方程式に用いられる変数の概念が前もって必須となっています。
新しい変数の発見や認識は、人類の科学進歩に不可欠なものと言えるでしょう。
しかし、これまで人類によって発見されてきた変数やそれを用いた方程式は、基本的に人類の認知能力に依存して作成されたものであり、唯一無二と言えるかは微妙です。
この宇宙に現在の人類の知識では認知できないような「変数」が隠れて存在している場合、ありふれた運動方程式すら全く知らない「裏の顔」を持っている可能性があるからです。
そこでコロンビア大学の研究者たちは2022年に、AI(人工知能)に対して、事前の知識なしにさまざまな物体の運動を使って物理法則を学習させ、その物理法則を説明する最小限の「変数」の数を調べることにしました。
調査にあたってはまず上のような、二重振り子運動を含め、すでに知られている物理運動をAIに観察してもらいました。
二重振り子では、2本の腕が連結され、上の腕と下の腕には連結部がもうけられます。
これまでの知識では、二重振り子運動は上腕と下腕の角度や角速度など4個の変数を持つことが知られています。
しかしAIに運動法則を学習させたところ「4.7個」と微妙に異なる結果が得られました。
人類側が用意した模範解答「4」とは異なる答えです。
しかし上の動画でもわかるように、AIはこの「4.7個」の変数を用いた物理法則を利用して、二重振り子運動をほぼ現実と同じようにシミュレートすることができました。
つまり変数の数は異なっても、AIがその疑似神経系(脳)の中に確立した物理法則は、現実と遜色なく機能する法則だったのです。
そうなると気になるのが「AIが認識した変数がどんなものなのか?」です。
研究者たちはさっそく、AIが認識した変数の視覚化を試みました。
すると、驚きの事実が判明します。
人類が知る二重振り子運動の変数は上腕と下腕の角度や角速度など4個の明確に定義されたものになります。
しかしAIの認識した変数を視覚化したところ、変数の2つは腕の角度に大まかに対応しているように見えましたが、残りの2つは謎でした。
そこで研究者たちは、この謎の2変数の正体を調べるため、運動エネルギー・位置エネルギー・角速度・線形速度など人類が知り得る限りのさまざまな物理量を当てはめ、相関関係があるかを調べました。
しかし、完全に一致するものは何もありませんでした。
また同様の結果は上の図のような「単純な円運動」「渦巻運動」「単純な振り子運動」「スイングする棒の運動」「伸び縮みする腕で作られた二重振り子運動」など、人類にとってすでに解明済みと考えられていた他の運動法則にも当てはまりました。
この結果は、AIが人類が運動法則を理解するにあたって使っている物理量以外の「何か」を変数として利用して、さまざまな独自の物理法則を成り立たせている可能性を示します。
研究者たちは、現状ではAIだけが認識できる変数から構築される物理学を「代替物理学(Alternative Physics)」と呼んでいるようです。
ですが、より興味深い結果は人類がまだ知らない運動法則を学習させることで明らかになりました。