背中のポケットで「共生細菌」を匿う
ラグリア・ビロサ(以下、L. ビロサ)には、多種多様な細菌が共生していますが、中でも「バークホルデリア(Burkholderia )属」の細菌は、繁殖の成功にとって絶対に欠かせません。
L. ビロサの卵や幼虫は、感染症に対して脆弱です。
そこでメスの母親は、卵巣近くの腺からバークホルデリアを放出して、産んだばかりの卵に塗りつけます。
バークホルデリアは、抗菌作用を持つポリケチド化合物を生成するため、卵や幼虫の感染症を防いでくれるのです。
ところが、その共生関係が進むうちに、バークホルデリアは、L. ビロサの中で安楽な生活を送ることに慣れてしまい、自発的に動く能力を失ってしまったのです。
運動するための遺伝子や細胞構造も今ではほとんど失われており、自らの生存もL. ビロサに依存しています。
そこで研究チームは、動けなくなったバークホルデリアが、L. ビロサの変態中にどのような運命をたどるのかを追跡しました。
まず、母親によって卵に塗布されたバークホルデリアは、約6日の間、卵の表面に露出したまま、卵にとって有害なバクテリアや菌類を撃退し続けます。
そして、幼虫が孵化すると、バークホルデリアは、幼虫の背中にある3つのヒダの中に集められるのです。
ヒダはまるでポケットのように機能し、バークホルデリアを保護していました。
また、研究者によると、ヒダにある腺細胞の分泌物がバークホルデリアの栄養源になっているといいます。
さらに、この背中のポケットは、幼虫が蛹に変態する中でも維持されていました。
蛹化する過程で、外皮がどんどん固くなるのですが、ヒダの形は残され、その中にバークホルデリアも匿われていたのです。
このとき、蛹の中身からバークホルデリアは検出されなかったため、体内には移動していないことが確認されています。
その後、L. ビロサは成虫として羽化を開始しますが、不思議なことに、ヒダ中のバークホルデリアは、成虫の腹部先端(生殖器部分)にそっくりそのまま移動していたのです。
チームはこれを検証すべく、バークホルデリアと同サイズ(幅1.0μm)のポリスチレン製蛍光ビーズを発育中の蛹に付着させ、脱皮時の移動プロセスを可視化しました。
すると、ほとんどのビーズが、蛹の脱皮線に沿って後方に移動し、最終的には、成虫の腹部先端に集まったのです。
しかし、これと並行して、興味深い事実も発見されました。
それは、ここまで述べてきた変態中のバークホルデリアの保護と移動が、メスでしか見られなかったことです。
そもそも幼虫の段階で、背中のヒダの大きさがオスでは小さく、バークホルデリアの数もメスよりずっと少なくなっていました。
さらに、その傾向は蛹の段階でより顕著になり、オスの蛹には、もはやヒダのポケット部分がほぼなくなり、バークホルデリアも激減していたのです。
こちらの図を見れば、それがよくわかります。
研究者いわく、これはバークホルデリアが主に、卵を感染症から守ることに特化しているからです。
考えてみれば、バークホルデリアが背中のポケットに入った時点で、幼虫や蛹の健康維持のためにはほとんど働かなくなります。
次にバークホルデリアが必要となるのは、メス親が卵に塗布するときです。
これを踏まえると、なぜバークホルデリアがオスで少なく、メスで多いのかが理解できるでしょう。
研究主任の一人で、コペンハーゲン大学(University of Copenhagen)のラウラ・フローレス(Laura Flórez)氏は「成虫の段階でバークホルデリアを保持しておく目的は、次の世代への受け渡しを成功させるためでしょう」と説明します。
また、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツのレベッカ・ヤンケ(Rebekka Janke)氏は「バークホルデリアの生物学的な重要性が、宿主をして、変態時に細菌を保護するための構造(ポケット)を進化させた可能性が高い」と述べています。
共生細菌は、子孫繁栄を願って受け継がれる”贈りもの”だったようです。