他人を「罵る」言葉の響きには人類共通の傾向があると判明!

私たち人類の言語は国や地域によって大きく異なります。
一般に言語の違いをうみだす要因としては地理的な距離や断絶が大きな役割を果たしていますが、人間がかかわる歴史的要因も同時に色濃い影響を与えます。
そのため日本語で「窓」を意味する単語でも、英語では「ウィンドウ」フランス語では「フェネルト」アラビア語では「シュバク」など単語の響きに大きな違いがうまれてしまいます。
そのため20世紀の言語学では、単語の響きは積み重ねられたさまざまな要因によって決められるものであり、特定の法則は存在しないと考えられてきました。
しかし近年になって行われた言語学研究により、大きく違う言語であっても特定の意味には似たような音があてがわれている事実が判明してきました。
たとえば世界各地の「鼻」に関連する単語を調べると「N(の・ぬ)」の音が多く含まれていることがわかっています(日本語:HANA、英語NOSE)。
また小さい生き物の存在にたいしても「I(イー)」の音が付随する傾向が多くみられます(日本語:CHIISAI、英語:MINI)。
同様に尖った存在には「タケテ」「キキ」などの名前がつけられ、丸っこい存在には「マルマ」「ブーバ」などの名前がつけられる傾向も人類共通となっていました。
そこで今回、ロンドン大学の研究者たちは、人類が他人を罵る(ののしる)ときに使う単語の響きについて、共通の特徴があるかを調べることにしました。
調査にあたっては、言語体系が大きく違う5種類の言語(ヘブライ語・ヒンディー語・ハンガリー語・韓国語・ロシア語)を話す被験者たちを20人ずつ集め、他人を罵るために使われている単語を答えてもらい、単語の響きについての頻度分析が行われました。
結果、どの言語の罵り言葉も「L(ル)・R(る)・W(う)・Y(い)」という4種類の音が使われる頻度が少なくなっていたと判明。
(※「L・R・W・Y」のより正確な音素はl、L、ʅ、ʎ、w、j、および「すべての種類の「r 音」となっています)
研究では日本語の調査は行われなかったものの、日本語でもバカ・アホ・ドジ・マヌケ・クズなどの他人を罵る単語に「L(ル)・R(る)・W(う)・Y(い)」が含まれているケースは稀と言えるでしょう。
この結果は、人類が他人を罵るために使う言葉の響きには、言語を超えた普遍性が存在する可能性を示します。
さらに研究者たちは「L(ル)・R(る)・W(う)・Y(い)」によって表現される音素がどれも「近接音」と呼ばれる、特定の発生パターンを持つ音声に集中していることに気付きます。
(※近接音は舌と上顎などの間に「やや狭めの隙間」を作り、そこに声帯音を共鳴させて作り出す音です)
そこで研究者たちは罵り言葉と近接音の関係をさらに調べるため、新たにアラビア語、中国語、フィンランド語、フランス語、ドイツ語、スペイン語を話す被験者たちを集めて実験を行うことにしました。
実験ではまず「近接音を含む架空の単語」と「近接音を含まない架空の単語」の2種類の単語セットを複数用意されました。
(※たとえばアルバニア語で鳥を意味する「zog」から近接音を含む「yog」と近接音を含まない「tsog」という2種類の架空単語が作られました)
そして被験者たちは2つの単語の音のうち、どちらが他人を罵る言葉なのかを推測してもらいました。
どちらの単語も架空であるため、知識から類推することは不可能です。
すると、被験者たちは近接音を含まない架空単語のほうが罵り言葉だと判断する確率が63%になることが判明します。
この結果は、近接音という特定の音そのものが、他人を罵る言葉の響きとして選ばれにくくなっていることを示します。
研究者たちは、他人を罵る言葉には共通して「気分を害する意図」が含まれており、その意図達成において特定の音が邪魔になっている可能性があると述べています。
またその背景には、人類が言語を獲得する以前(サル以前の時代)に存在した「鳴き声に意味を付与する」段階が重要な役割を果たしている、とのこと。

たとえば人間を含む多くの動物は、苦しんでいる状況では耳障りな音を出し、落ち着いて満足しているときには滑らかな音を出します。
そのため人類が言語を獲得するより前に、特定の音と意味が結びつきを形成し、その結びつきが言語にも及んでいる可能性があるようです。
これまでの研究でも、他人を罵る言葉には人間の心拍数を上げたり痛みに対する耐性を高めるなど体に生理学的変化を起こすことが知られています。
研究者たちはそのような音と意味の結びつきが、幼児期の言語習得の足場として機能している可能性もあると述べています。
また罵り言葉と相性の悪い「L(ル)・R(る)・W(う)・Y(い)」を含む単語を積極的に用いることで、外交や人質交渉など緊迫した状況を緩和するのに役立つ可能性もあるとのこと。
もし上手くいけば、単語に使われる音を工夫することで、相手の感情を言語未満の領域でコントロールできるかもしれません。