イヌイット語は本当に「雪」の言葉が多いのか?
「イヌイット語には雪を表す語が50語ある」といった話を聞いたことがある方も多いかもしれません。
この主張は、言語と文化の密接な関係を象徴するエピソードとして語られる一方で、一部の言語学者たちの間では「大エスキモー語彙詐欺(Great Eskimo Vocabulary Hoax)」と呼ばれ、過度な誇張だとされてきました。
言語は、それを話す人々の世界を映し出す窓のようなものです。人々が日々何を大切にし、どのような体験をしているのかが反映されています。
そのため、異なる言語が異なる語彙領域に焦点を当てているのは不思議なことではありませんし、雪国で暮らす人々が雪を細かく区別することは自然なことに思えます。
ですが、それが本当に他の言語と比べて語彙的に特異な現象なのかは、これまで科学的には検証されてきませんでした。
そこで研究チームは今回、この問題を定量的に解明すべく、大規模な言語データの分析に乗り出しました。

チームは、英語と616の異なる言語との間の翻訳を扱う二言語辞書1574冊をデジタル化したデータセットを構築。
その上で、各言語において「snow(雪)」に対応する語がどれほど頻繁に現れるかを集計し、比較しました。
分析の結果、616言語中「雪」に関する語彙が最も多かったのは、カナダのエスキモー系民族のイヌイットにより広範に話される「イヌクティトゥット語」であることが判明したのです。
同じくカナダ西部やアラスカ北部の他のイヌイット語も上位にランクインしており、多雪地域では雪関連語彙が非常に発達していることが確認されました。
例えば、「kikalukpok」は「固い雪の上を音を立ててうるさく歩くこと」、「apingaut」は「初雪」、「qanittaq」は「細かい雪」など、雪の状態やタイミング、音に関する微妙な違いを表現する語が多数存在していたのです。
この結果は、長年誇張されていると見なされていた「イヌイットの雪語彙の多さ」が、実際には他の言語と比べても際立っていることを示す科学的な裏付けとなりました。
また、アラスカの他の言語(アセナ語や中央アラスカ・ユピク語)、さらには日本語やスコットランド語も「雪」に関する語彙が多いグループとして確認されています。
さらにチームは雪以外の言葉に関するランキングも調べました。