人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された
人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された / Credit:Canva
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人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された

2026.02.13 20:00:41 Friday

人を食べる──ただその言葉を聞いただけで、ほとんどの人は本能的にゾッとします。

世界にはいろんなタブーがありますが、「人肉食」はその中でも最上位クラスです。

ところが今回、ポーランドのヴロツワフ大学(UWr)で行われた研究によって、この“人類最大級のタブー”をあえて冷静に分解し、人間の体をひとつの「食べ物」とみなしたとき、食べるリスクとデメリットを数理モデルを使って検証する研究結果を発表しました。

すると「普通の人を食べる」場合には、1人あたり3万2000キロカロリーを得られ、いくつかの条件で明確な黒字部分が現れることがわかりました。

ところがここに「人を食べた人をさらに食べる」という「人食い連鎖」が入ると、話は一気にホラー化していきました。

感染率を高く見積もった設定では、人食い連鎖を数回くり返しただけで、プリオン病のような感染症リスクが爆発的に跳ね上がり、1人からもらえる3万2000キロカロリーという栄養的恩恵を軽く上回るダメージが集団の中の人びとにのしかかる計算になったのです。

研究者たちは、この「人食い連鎖になった瞬間に大赤字になるリスク」こそが、カニバリズムが歴史のあちこちで顔を出しながらも、長期的には強烈なタブーとして今も語られている理由かもしれない、と示唆しています。

研究内容の詳細は2026年2月10日に『bioRxiv』にて発表されました。

The Cannibalistic Trade-Off: Why Human Cannibalism Emerges and Why Taboos Suppress It https://doi.org/10.64898/2026.02.10.705014

歴史のあちこちで「越えられた一線」

飢饉の様子を描いた絵画
飢饉の様子を描いた絵画 / 『凶荒圖録(明治16年)』より

もしクラスのみんなと無人島に流れついて、食べ物がなくなったらどうするか、みたいな想像をしたことはないでしょうか。

映画や漫画だと、最後の最後に「いやいや、さすがにそれはアウトでしょ」という禁断の選択として、“人を食べる”展開がチラつきます。

でも現実の私たちは、それを考えただけでゾッとして、「そんなの絶対ダメ」と全力でブレーキを踏みますよね。

ところが現実の歴史をたどると、その“越えちゃいけない線”は、何度も実際に踏み越えられてきました。

旧石器時代の人骨には、肉をそぎ落としたり、骨髄をほじったりしたと分かる切り傷や割れ方が残っています。

また農耕社会が構築された後も、世界のあちこちで飢饉や遭難、戦争の極限状態で人肉が食べられた記録が見つかっています。

たとえば中国の故事にも、「子をかえて食う」という表現もみられますし、日本の江戸時代に起きた飢饉やアイルランドのジャガイモ飢饉でも人食いが報告されることがあります。

しかし人肉食には常に病原体の問題がついてまわります。

人がシカやウシを食べるとき、病原体は「種の壁」に阻まれて人間への感染が防がれます。

動物が感染する病気が人間にうつるケースは数多く知られていますが、全体からみればごく一部にとどまり、多くの病原体は「種の壁」によって広がりにくくなっています。

しかし人が人を食べると、同じ体の仕組み同士なので、ウイルスや細菌、プリオンなどが人から人へうつりやすい形になり得ます。

さらに、ひとつの遺体を何人もの親族で分け合って食べることがもあるので、病原体から見れば「一度の食事で何人にも感染できる最高のチャンス」です。

たとえばパプアニューギニアのフォレという人びとが、葬式のときに親族の遺体を分け合って食べる「葬礼カニバリズム」を行っていたことが知られています。

この風習から、プリオン病という特殊な病気が大流行し、「クールー」と呼ばれる致命的な脳の病気となって多くの人を亡くしました。

パプアニューギニアのクールー流行は、まさにこの“完璧な感染ルート”が生み出した悲劇といえます。

コラム:プリオン病とは?

プリオン病は、「プリオン」というたんぱく質が主役になる、とても変わったタイプの脳の病気です。プリオンたんぱく質は、もともと私たちの脳の細胞の表面にもともと存在している普通のたんぱく質ですが、何かのきっかけで一部が“変な折れた形”になることがあります。するとこの変な形のプリオンが、となりの正常なプリオンにくっついて「おまえもこの形になれ」と迫るように、次々と形をゆがめていってしまいます。その結果、異常なたんぱく質が固まりとなってたまり、周りの神経細胞をじわじわと傷つけていきます。

細菌やウイルスは、自分の遺伝子をコピーして数そのものが増えることで感染を広げますが、プリオンには遺伝子がありません。かわりに、「たんぱく質の形をコピーする」ことで、異常な状態を増やしていくという仕組みになっています。いわば「自己増殖する異常たんぱく質」としてふるまうため、体の免疫も見つけにくく、薬で止めるのも難しい相手です。

症状としては、最初はふらつきや歩きにくさ、手足のふるえなどの運動の異常から始まることが多く、進行していくと、けいれんや理由のない笑い発作、感情が抑えられない、もの忘れがひどくなるなど、認知症に似た症状が現れます。さらに進むと、脳の神経細胞が大量にこわれて、脳の組織がスポンジのように穴だらけになり、最終的には意識を失って命を落としてしまいます。現時点では決定的な治療法がなく、発症するとほとんどの場合が致命的であるため、研究者たちは「どうすればそもそもプリオンが増えないようにできるか」を必死に研究しているところです。

遺伝子のレベルでも、その傷あとが見つかっています。

人間のプリオン関連の遺伝子には、「昔、何度もプリオン病にさらされ、それに耐えられる体だけが生き残ってきたのではないか」と考えられる痕跡が残っているのです。

これは、カニバリズムが“わずか一回の珍事件”ではなく、かなり長い時間スパンで、何度も何度も人類を苦しめ、人食いに伴う病気から逃れるための適応の証とみなす仮説もあります。

これだけ証拠が出てくるということは、カニバリズムは人類史のどこかのタイミングでは、どうにかこうにか「やるだけの理由」があったということです。

しかし同時に、ほぼすべての社会で「人を食べるな」という強烈なタブーが存在し、現代の私たちは聞いただけで拒否反応を示します。

この「たびたび起きるのに、基本的には徹底的に禁止されている」という矛盾のような両立を、どう説明できるのでしょうか。

そこで研究者たちは、いったん感情や道徳をわきに置いて、「人肉食は、どんな条件なら“カロリー的に得”になり、どれくらい病気で失うのか」というトレードオフ(得と損のつり合い)として、数理モデルの中に丁寧に組み立て直したのです。

人肉食は実利的にも常に赤字だったのか、それとも条件さえそろえば「おいしい瞬間」があったのでしょうか?

だとしたら「おいしい瞬間」はどんな条件で現れたのでしょうか?

次ページカニバルの損得を数理モデルで解き明かす

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