「気持ち悪いからダメ」の奥にある合理性

今回の研究により「人を食べる」という行動は、どこでもいつでも完全に損なわけではなく、いくつかの条件によっては一時的にプラスになる可能性があるものの、少しでも条件がズレたり、「人を食べた人をさらに食べる」という連鎖が伸びたりすると、感染コストが爆発的に増えて、すぐに大赤字にひっくり返ってしまうことが示唆されました。
研究者たちは、このモデルを「机上の空論」ではなく、遺跡や民族誌を読み解くための“物差し”として使おうと提案しています。
たとえば、「豊かな時代に、日常的に人を食べていた」という主張があったとき、このモデルに照らすとかなり怪しい、と判断できます。
そんなことをすれば感染コストが高すぎて、集団ごと長期的には成り立ちにくくなってしまうからです。
では、あの強烈な「人を食べるな」タブーはどう位置づけられるのでしょうか。
研究者たちは、タブーを「謎の道徳心」ではなく、感染症のリスクが指数関数的にふくらむ構造に対する、文化的な安全装置だとみなしています。
この視点から人類史を振り返ると、「人を食べてはいけない」というタブーや、その周辺にくっついている厳しい儀式や細かなルールは、少し違って見えてきます。
たとえば、誰を食べてよいかを身内に限る文化、逆に敵に限る文化、葬儀の場面だけに限定する文化、特定の年齢や身分の人しか参加できない文化など、世界の人肉食習慣にはさまざまなバリエーションがあります。
論文の著者たちは、こうしたルールを単なる“気味の悪い風習”として切り捨てるのではなく、「カニバリズム連鎖の段数を伸ばさないようにするための、文化的なブレーカー(過負荷で落ちる安全装置)のようなもの」として捉え直しています。
誰を対象にするか、どのくらいの頻度か、どんな文脈で許されるかを細かく区切ることで、連鎖が長く続かないようにしていたのかもしれない、というわけです。
さらに著者たちは、「遺伝子レベルの進化だけでは、とてもこのスピードには追いつけない」とも指摘します。
プリオン病のような感染症に対する耐性が、少しずつ遺伝的に強くなることはありえますが、その一方でカニバリズム連鎖によって感染リスクは段数ごとに一気に増幅されてしまいます。
遺伝子を書き換えるペースよりも、リスクの増加ペースのほうが圧倒的に速いのです。
だからこそ、人間は遺伝子そのものがゆっくり変わるのを待つ前に、文化的な「ルールを書き換える」ことでこの禁断バグと付き合ってきた、という見方もできます。
タブーや倫理観といったものが、単なるお説教ではなく、「危険すぎる行動から集団を守るための、文化的な安全装置」として機能しているという発想は、他のタブーにも応用できそうです。
もちろん、この研究には限界もあります。
まず、食べ物の価値を「キロカロリー」だけで表していて、たんぱく質やビタミン、脂肪酸などの細かい栄養は考えていません。
実際には「カロリーは足りているけど特定の栄養が足りない」という状況があり、そうした場合には人肉が別の意味で貴重になる可能性もありますが、このモデルでは扱っていません。
さらに、ここで考えているのはあくまで「生き延びるためのエネルギー」の話であり、「敵に恐怖を与える」「仲間どうしの結束を固める」といった社会的なメリットは別のモデルで考える必要があります。
人食いにより仲間同士が結束したり、敵を恐れさせることは巡り巡って得られるカロリー数を増加させますが、それを考えるのはより複雑なモデルが必要でしょう。
それでも、この研究には大きなインパクトがあります。
「気持ち悪いからダメ」「神様が禁じたからダメ」とされてきたタブーの裏に、感染症や進化の観点から見た“合理的な理由”が隠れているかもしれないという視点を与えてくれるからです。
この視点を応用すれば、宗教的な食の禁忌や、「なんとなくイヤだ」と感じる行為の一部を、「昔の人たちが命がけで学んだ安全ラインのメモ」として読み解き直すこともできるかもしれません。



























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美味しくないから駄目だというのも確実にあるでしょう。
美味しかったらどんなリスクがあっても食べるのが生き物ですし。
狂牛病の原因が牛に牛骨粉を与えたから、というのを思い出した
アミノ酸まで分解すればプリオン病なんてリスクとして無視できるね
塩酸使ってアミノ酸液にしよう
宗教上の豚肉禁止、牛肉禁止も、禁止するに値する理由があったのではないかと言われていますね。
豚肉食による感染症が問題になったり、穀物飼料が人間の食料不足に繋がるなど、理由が推察されています。
カニバリズムに問題があることを昔の人が知っていたとも思えず、社会維持の為に禁止した文化や宗教が生存において有利で、現在に至っている可能性が高いのではないかと思います。
マーヴィン・ハリス「ヒトはなぜヒトを食べたか」お勧め。というか文化人類学業界での合理的理由はそれから50年間全然変わってないので少なくとも当面の正解はそれって事なのに、50年経っても彼の説が世間にはろくに知られていないのは、人類学業界のアピール不足でもあるし世間が人類学を軽視しすぎでもある。ハリスは「文化の謎を解く 牛・豚・戦争・魔女」の方が有名だけど「ヒトは」の方が完成度が高い。彼の主張は豚なら
羊みたいに毛を提供しない
犬や水牛みたいに労働力を提供しない
馬みたいに乗れない
山羊みたいに乳出さない(集乳しにくい)
放し飼いに出来ない
みたいな事で部分的には知られてるけど、もう一つ大事なのはカニバリズムの話。集団のリーダーにとって人口調整は大事な義務で、パプアのとある部族の酋長は20年後に人口飽和しそうだとかそれによって戦争が必要になると思えば女児を真引き男児を優先的に活かした。近隣敵対部族に戦争を仕掛けるのはその土地や財を奪いたいからではなく自部族から死傷者を出して人口飽和状態を一時的にでも解消するのが最大の目的。勿論負けたら反対に自部族が絶滅させられるから、食糧資源が許す限りの最大限の人数を維持したい、でも戦争に役立つ男ばかり増やすと次世代が減って将来戦力低下になるから男女比は周辺部族の人口と老若男女の割合を見て調整しなきゃならない。自部族は人口飽和してなくて食料不足になってなくても他部族がそうなってれば戦争仕掛けてくるからそれにも備えなきゃならない。酋長が戦争近いと考えて男を増やした時の男女比は最大で1.62:1までくらいまで偏ったそう(男62女38)。人権の大小は株価みたいに状況次第で変動する。
カニバリズムはウィキ記事でも読めば世界的に普遍な風習だった事が分かるし、それが習慣として行われなかった大陸なんか無いし、脊椎動物だか霊長類だか忘れたけど何かの括りでは共食いする動物の割合は40%にもなる。共食いくらいで簡単に絶滅してたら人類なんかとっくに絶滅してる依然に霊長類なり肉食動物がここまで誕生出来てない、トパカタストロフとかを乗り越えられてない。現生人類は全員カニバリストの子孫とすら言える。なのに世間はいつまで経っても食人と聞きさえすればクールークールー言いたいだけでもううんざり。感染部位食わなきゃ良いし食っても免疫あれば発病しない。
赤字?黒字?意味が分からない、結局想像の域を出てない何処が数式?
メリットデメリットの説明だけで十分です。