人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された
人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された / Credit:Canva
biology

人間1人=3.2万kcal、それでも「人肉食」が損な理由が数式で示された (2/3)

2026.02.13 20:00:41 Friday

前ページ歴史のあちこちで「越えられた一線」

<

1

2

3

>

カニバルの損得を数理モデルで解き明かす

人を食べることに“おいしい瞬間”なんて本当にあるのか?

答えを得るために研究者たちはまず、人間の体を、牛や鹿と同じように「ひとつの肉の塊」とみなし、既存の研究成果をもとに、成人男性1人の「肉」から得られるカロリーを3万2000キロカロリーと設定しました。

コラム:人間1人が3万2000キロカロリーって本当?

「人間1人=3万2000キロカロリー」なんて聞くと、ちょっとホラーなのに、同時に「どうやって計算したの?」と理系の好奇心もくすぐられます。この数字は思いつきではなく、イギリスの考古学者ジェームズ・コールが行った、かなりマジメな栄養計算にもとづいています。コールは、過去に化学分析が行われた成人男性4人分のデータを使い、筋肉にどれくらいのたんぱく質と脂肪が含まれているかを調べ、その栄養量から「カロリー」に換算しました。栄養学の教科書にあるように、たんぱく質や炭水化物は1グラムあたりおよそ4キロカロリー、脂肪は1グラムあたりおよそ9キロカロリーとして計算したのです。その結果、体重およそ65キロの男性の「筋肉部分だけ」で約3万2376キロカロリーになると見積もられました。ただし、これは「肉=骨についた筋肉」だけを取り出した場合の数字です。人間の体には、筋肉以外にも脂肪、内臓、脳、皮膚、骨の髄など「食べようと思えば食べられる部分」がたくさんあります。コールはそれらも含めて全身の栄養量を積み上げ、成人男性1人あたりの「可食部の合計カロリー」も計算しています。その結果はおよそ12万6000キロカロリーとなりました。これはどのくらいの量なのでしょうか。現代の成人男性が1日に必要とするカロリーをおよそ2400キロカロリーとすると、12万6000キロカロリーは単純計算で50日分ほどに相当します。ただ現実的には保存がきかなかったり骨やスジなど食べにくい部分もあるため、今回の研究ではより現実的に肉だけを食べた場合「1人あたり3万2000キロカロリー」という数値をベースにしています。数字だけ見ると「人間ってけっこう高カロリーだな」と思うかもしれませんが、同じ推定方法でシカやマンモスなどの大型動物を計算すると、もっと大きなカロリーになります。たとえばコールの説明では、シカの筋肉は16万キロカロリー、マンモスにいたっては数百万キロカロリーという規模です。

次に、人肉という食べ物にくっついてくる「コスト」を三つに分けました。

ひとつめは、かんだり消化したりするために使うエネルギーで、これはどんな食べ物でも必ずかかる「消化コスト」です。

ふたつめは、手に入れて調理するまでにかかる「入手コスト」です。

人を狩りに行けば、けがをしたり、長いあいだ動けなくなったりする危険があり、そのぶん大きなマイナスになります。

逆に、すでに亡くなった人の遺体を見つけて調理するだけなら、このコストはかなり小さくなります。

三つめが、いちばん重要な「感染コスト」です。

これは、人を食べることでプリオン病のような重い病気にかかる確率と、そのときに失うエネルギーをまとめて表したものです。

病気にかかることはめったにないけれど、ひとたび当たると致命的、という「くじ引き」のようなリスクを、平均するとどれくらいの損になるかという形で計算に入れました。

さらに、研究者たちは「カニバリズムの順番」という考え方もモデルに組み込みました。

これは、一番最初に「まだ誰も食べたことがない人(普通の人)を食べる」のが一段目、そのあとで「人を食べたことがある人を食べる」のが二段目、そのまた次に「人食いを食べた人を食べる」のが三段目、というイメージです。

この順番が増えるほど、病原体が人間の体内にいる時間と適応能力が上昇し、危険なタイプだけがたまたま生き残る可能性が高くなります。

準備ができたところで、研究者たちは四つの典型的な状況を想定し、それぞれで「人一人を食べると得か損か」を調べました。

1つ目は「生のまま食べるうえに、わざわざ狩ってくる」パターンです。

2つ目は「生で食べるけれど、死体を拾うだけ」のパターン。

3つ目は「火で料理してから食べるが、狩りも必要」というもの。

4つ目が「死体を拾ってきて、火で料理して食べる」というものです。

生で食べるか火を使うかは感染症のリスクにかかわり、人間を狩るか死体を拾うかは入手のコストに影響します。

カニバルの損得を数理モデルで解き明かす
カニバルの損得を数理モデルで解き明かす / 人肉食の損益分岐起点。図の左が生で食べた場合、右側が火を通した場合。/Credit:The Cannibalistic Trade-Off: Why Human Cannibalism Emerges and Why Taboos Suppress It

結果、まず、「人を狩って生で食べる」という最悪のパターンでは、一日におよそ643キロカロリー未満しか食べられないような、ほぼ餓死寸前の状況でのみプラスになりました。

これに対して4つ目の、「死体を拾って火でよく焼いて食べる」という、入手コストも感染コストも低めの最善条件では、一日約3800キロカロリー食べている状態でも、全体ではプラスになりました。

1日に食べているカロリーごとにプラスマイナスの境界が現れるのは、体が「これ以上は有効に使いにくい」上限があるからです。

ほとんど何も食べられず、1日あたり643キロカロリーにも届かないような飢えた状態では、少しでもカロリーが増えること自体が大きなプラスになります。

一方で、すでに十分な食事をとれていて、これ以上食べてもあまり体の役に立たないような状況では、かなり「コスパのいい」食べ物でないと赤字になってしまいます。

そういう意味で、自然死した遺体を拾い、狩りのコストなしで火を通して食べるという状況は、モデル上では1日あたり3882キロカロリー近く食べている“満腹に近い”条件でも、まだエネルギー的にはプラスが残る、かなり効率の良い食事となります。

ここだけ見ると、4番目の人間を拾って火で調理する方法はかなり有望に見えるでしょう。

人間を狩るコストや調理するコストは?

今回の研究では、人間を1人「狩る」ためのエネルギー損失は、ケガや疲労で1週間ほどまともに動けなくなる場合などを含めて、1回あたり約2万4500キロカロリーになるように設定されています。これは人間狩りが上手くいってほとんど体力を消耗しなかった場合や、大けがをして1カ月以上動けなくなってしまう場合などさまざまなケースを考えた平均値としました。また調理のコストについては、1人の人間の肉を約500キロカロリーずつ約65食分に切り分け、火を使って調理するため合計でおよそ5690キロカロリーと見積もられています。これらを合計すると、人間1人を狩って解体して食べるまで、平均で約3万キロカロリーのコストがかかる計算になります。また生で食べるか加熱して食べるかについては、火による加熱で病原体の量が100分の1に減ると設定します。

しかしここにカニバリズムの連鎖が起こると状況は一転します。

研究者たちはここでも感染の前提を大きく二つに分けて考えました。

ひとつは、火を通せば大きく弱る細菌やウイルスが中心の低リスクケース。

もうひとつが、火を使ってもあまり弱らない病原体が混ざる高リスクケースです。

後者はプリオンのように熱に強いタイプが混ざった場合をイメージすると分かりやすいでしょう。

プリオンは、ウイルスや細菌とは違い、異常な形に折れ曲がったたんぱく質が原因で起こるとされ、普通の料理の温度では十分に無力化できないからです。

とくに脳など、感染性が高いとされる部位が食事に混ざると、次の人へうつるリスクが高まるおそれがあります。

そしてこの設定(火の効果があまりない)では、1次カニバリズム──つまり人を食べていない人を初めて食べるとき──の感染コストの平均は400キロカロリー程度ですが、その人を食べた人をさらに別の誰かが食べる2次カニバリズムでは3000キロカロリー台に跳ね上がり、3次カニバリズムでは、なんと人ひとりから得られる総カロリー3万キロカロリーを軽く上回る、平均16万キロカロリーものダメージが予測されるレベルになりました。

こうした結果をから研究者たちは、カニバリズムを「ふだんから頼りにできる主食」ではなく、「極度の飢えや特殊な状況でだけ一瞬起動する非常ボタン」のようなものだと解釈しています。

死体を拾って火で焼いて食べるのは短期間なら恩恵はあります。

しかしカニバリズムが流行すると「人を食べた人」を食べる場面も出てきやすくなり、プリオン病をはじめとした感染コストが指数関数的に増えてあっという間に破綻します。

だからこそ、長い目で見れば、「人を食べるな」という強烈なタブーを作っておいた社会の方が、生き残りやすかったのではないか──モデルの結果は、そんな、ちょっとゾッとするけれど妙に納得できるストーリーを浮かび上がらせているのです。

そして、この構造こそが、「なぜカニバリズムは人類史に何度も登場したのに、どの社会でも強烈にタブー視されるようになったのか」を理解するカギになる、と彼らは主張します。

次ページ「気持ち悪いからダメ」の奥にある合理性

<

1

2

3

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

スマホ用品

生物学のニュースbiology news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!