”おトイレ”の音をAIに聴かせて学習させる
今回の発明は、研究者らが大腸がんの非侵襲的な診断方法を模索する中で生まれました。
大腸がんの主な症状として下痢がありますが、専門家いわく「大腸がんで直腸や尿道に異変が出ると、排泄時の音の通り方が微妙に変化する」という。
つまり排泄時の音によって、単にお腹を下しただけの下痢と、大腸がんのような命に関わる下痢を見分けられるかもしれないのです。
そこで研究チームは、健康な人と健康に異常がある人(大腸がんや下痢性疾患の患者)から”おトイレ”の音声サンプルを何時間分も集めてデータベースを構築し、それをAIに聴かせて訓練させました。
AIはそれぞれの排泄における周波数スペクトルを学習し、その音声を視覚的に表現するスペクトログラムへと変換します。
スペクトログラムとは、周波数をリアルタイムで分析し、色によって強さを表す3次元グラフ(時間・周波数・信号成分の強さ)です。
これによりAIは、どのスペクトログラムの特徴がどの種類の排泄イベントを反映しているかを識別することで、排便、排尿、鼓腸(胃腸に多くのガスがたまった状態)の微妙な変化を特定できるようになりました。
たとえば、大腸がんの下痢に特徴的な「ゆるく水っぽい排泄音」をピンポイントで聴き分けることができます。
次にチームは、AIにトイレ時の排便、排尿、オナラを再現した合成音をランダムに聴かせます。
それぞれの合成音は健康な人の排便や下痢、あるいは大腸がん患者の下痢などのスペクトログラムを示しますが、テストの結果、AIはそれらの音を98%の精度で識別することに成功しました。
人の排泄に対する直接のテストはまだ行われていませんが、この結果を見る限り、人体でも十分に有効であるとチームは考えています。
さらに重要な点として、バックグラウンドのノイズがあっても、AIは排泄の種類を正確に特定できたようです。
一方で、このAIは現段階で男性のみを対象としており、女性の排泄にはまだ対応していません。
女性の排泄器官は男性と異なるため、AIには別途学習や訓練が必要となるようです。
研究チームは、このAI装置を普及させることで、下痢性疾患や大腸がんだけでなく、コレラ感染症の検出にも役立つと期待しています。
コレラ感染症はコレラ菌(Vibrio cholera)によって生じる下痢性の病気であり、コレラ菌に汚染された飲食物を口にすることでヒトに感染します。
コレラ感染症は現在でも世界的な公衆衛生上の脅威となっており、主に衛生環境の悪い場所で集団的に発生しています。
毎年、約2万〜14万人がコレラで命を落としていますが、特に幼い子どもはその危険が高く、コレラを含む下痢性疾患で年間50万人の子どもが亡くなっています。
研究主任のマイア・ガトリン(Maia Gatlin)氏は、AI装置を用いることでコレラが蔓延している地域を特定し、迅速な対処が可能になると見ています。
また将来的には、既存の家庭用スマートデバイスと組み合わせることで、自分自身の排便をモニタリングできるようになるでしょう。
たとえば、自宅のトイレで用を済ませるだけで、便器に設置されたAIが「オナラの音が悪いので検査してください」とアドバイスしてくれるかもしれません。
チームは現在、実際のさまざまなトイレ環境で録音した排泄音データを使い、AIをさらに改良しているとのことです。