核融合発電のエネルギー収支は本当に黒字化したのか?
核融合発電では、2つの水素を1つのヘリウムに融合し、その過程で放出するエネルギーで電気を作ることを目指しています。
しかし反応を開始するには、高温高圧状況を作り出さなければなりません。
現在、高温高圧条件を作り出すにあたって主に2種類の方法が用いられており、1つは磁場を用いて高温のプラズマを閉じ込める方法、そしてもう1つはレーザーを使って爆発を起こし、燃料となる水素を急速に圧縮する方法です。
今回の実験では後者の、レーザーを使った方法が用いられました。
実験ではまず、重水素と三重水素が詰められた直径2ミリほどのダイヤモンドでコーティングされた燃料カプセルが、消しゴムサイズの金でできた缶に収められ、192本の強力なビームが照射されました。
レーザーが金の缶に当たるとX線が発生し、このX線がカプセル表面に塗られたダイヤモンドを急速に気化し、内部の燃料を瞬間的に加熱・膨張させる「爆縮」を起こします。
爆縮によってカプセル内部の燃料は高温高圧となり、核融合が開始されます。
2021年に行われた実験では、この過程の一部でエネルギー収支の黒字化に成功しています。
具体的には1.9MJ(メガジュール)のエネルギーを持つレーザーが照射され、X線への変換を経て、燃料カプセルに230kJ(キロジュール)のエネルギーが注がれ、最終的に1.3MJのエネルギーが発生しました。
(※燃料カプセルに注がれたエネルギーが230kJで核融合によって発生したエネルギーが1.3MJであるため部分的な黒字となりました)
しかし照射されたレーザーエネルギー(1.9MJ)と出力(1.3MJ)を比較すると0.6MJほどの赤字となってしまいます。
ですが今回の実験では、燃料カプセルを覆うダイヤモンドの加工技術が改善され、2.05MJのレーザーエネルギーを投入することで、3.15MJのエネルギーを発生させることに成功しました。
これは核融合反応の中枢部でエネルギー収支が完全にプラスになったことを意味します。
一見すると微妙な差でしかないように思えますが、中枢部が完全に黒字化したというのは核融合技術において非常に重要なマイルストーンとなるでしょう。
ただ残念なことに、今回の研究成果がすぐに核融合発電の実用化に結びつくわけではないようです。
レーザーを用いるタイプの核融合はエネルギー収支に優れています。
しかし核融合の持続時間は爆縮が起きた直後、200億分の1秒間しか続きません。
そのため持続的な出力を得るには、膨大な数の燃料カプセルが必要になるだけでなく、爆縮が終わるたびに、飛び散った燃料カプセルの破片を炉心から回収しなければなりません。
(※放射線の一種であるX線も発生します)
さらに問題となるのは、レーザーの電源です。
今回の実験では与えられた2.05MJのレーザーエネルギーの照射で、3.15MJの出力が得られました。
しかし必要とされるレーザーを発射するには、300 MJ以上の電力がレーザー発射装置に供給されなければなりません。
レーザー発射装置に供給する電力を風力発電などでまかなう方法もありますが、それならば最初から風力発電のみを使ったほうが遥かに効率的です。
では、世界中で行われている核融合実験は無意味なのでしょうか?
もちろん、そんなことはありません。
研究者たちによれば、今回の核融合実験を起こすために作り出された高温高圧環境は、太陽のコアよりもさらに激しく、超新星爆発で起こっている反応に似ている、とのこと。
そのため、実験で得られた技術を用いることでミニチュア化した超新星爆発を地上で再現し、研究するといった応用も可能になるようです。
また実験を重ねれば、効率とコストを上げることも可能でしょう。
もし将来、核融合発電が実用化された際、そこへ至るまでの歴史が特集されるとなれば、今回の2022年12月5日に行われた実験もきっと重要な成果として振り返られることになるでしょう。