ホッキョククジラは妊娠を意図的に延ばしている?
ホッキョククジラの出産は春から初夏にかけてが多く、まれに秋の初めにも見られます。
ホッキョククジラが棲む北極海では冬になると食料が乏しく、生まれたばかりの赤ちゃんが生き抜くにはあまりにも過酷な環境であるためです。
しかし、生まれてくる赤ちゃんのサイズには大きなばらつきがあり季節が進むほどに大きいというわけではありませんでした。
春には小さめの個体と大きめの個体が両極端で生まれ、晩春から初夏にかけてがもっとも大きい個体が生まれます。
しかし、秋になるとサイズダウンして中くらいの個体が生まれてくるというのです。
この観察結果に対し、研究者たちは出産時期の意図的なコントロールが行われたのではないかと考えました。
本来通常の妊娠期間を経て春から初夏にかけて生まれてくるのは小さめの個体で、大きめの個体は通常の妊娠期間を経ても胎児のサイズが小さすぎて一度出産見送りしたものだと考えたのです。
過酷な北極海では食料が見つからないことも多く、胎児に十分な栄養がいきわたらない可能性が十分にあり得ます。
また胎児がうまく育ったとしても、母体にある程度脂肪の蓄積がないと出産に耐え切れず母体が命を落としてしまいます。
このため、ホッキョククジラの母たちは自分の栄養状態などに応じて、出産時期をコントロールしたり、多胎児(双子や三つ子のこと)の作為的な中絶を行っているのではないかというのが研究者たちの考えでした。
「胎児の休眠」という生き残り戦略
実は過酷な野生下で、出産時期をコントロールしている動物は少なくありません。
そのような動物たちは意図的に受精卵の着床を遅らせることで、出産時期をコントロールします。
この現象は「胎児の休眠」と呼ばれ、1975年にロバート・ジョン・エイトケン氏がノロジカの子宮内で初めて発見しました。
「胎児の休眠」によって受精卵の着床の時期は数日から1年近く遅らせることができ、赤ちゃんが生まれて生き抜くのに一番適したタイミングで生まれてくるようコントロールできるのだと言います。
この現象はノロジカ以外にスカンクやカンガルーなど約130種で観察されており、過酷な環境を生き抜くホッキョククジラにおいても同じ現象が起こっていると推察されました。
野生動物にとって「産む時期」は重要
人間は周年発情の生き物であり、妊娠したら一定期間で出産します。
しかしそれはどの時期に生まれても生き残る可能性がある程度保たれているからこそできることです。
野生動物の場合、出産時の気温や食料の多さは、生まれてくる赤ちゃんだけでなく、母体の生死を左右します。
過酷な北極海を生き抜くホッキョククジラは、出産時の状態を万全にできるように妊娠期間が長く、そしてある程度コントロールできるようになったと考えられます。
私自身、3人の子を産んでいますが、ホッキョククジラの半分にも満たない十月十日でもお腹に子どもがいる状態はとても大変に感じました。
生まれてくる赤ちゃんのため、そしてその赤ちゃんを無事産んで生き残るために、23カ月もの長い期間妊娠を継続したホッキョククジラには本当に頭が下がる思いです。