実は雨に濡れている方が生存率は高まる?
これまでの研究で、もし雷に打たれた場合、乾いているよりも水に濡れている方が人体を通過する電流が小さくなる可能性が指摘されていました。
動物への放電実験でも、乾いたままの個体では10匹中3匹しか生き残らなかったのに対し、水に濡らした個体では10匹中5匹が生存したと報告されています。
しかし、この仮説が人間に当てはまることを示す証拠はまだありません。
そこで研究チームは今回、人間の頭部を模倣したモデルを作り、そこに落雷を再現した放電実験を行いました。
チームはヒト組織の電気伝導率を反映させるため、脳・脳頭蓋・頭皮の3層構造で模型を作り、塩化ナトリウム、カーボンブラック、グラフェン、寒天様物質などを用いて、頭部の導電性や質感を再現しています。
実験用に2つの頭部モデルを作成し、片方は乾いたまま、もう片方は人工雨水を吹きかけました。
そして2つの頭部モデルに電極を接続した状態で、落雷に伴う放電と同等の電流を与えます。
10回のシミュレーションを行った結果、どちらの頭部モデルでも電流が頭皮表面をすばやく横切る様子が観察されました。
ところが頭部の乾いた条件と濡れた条件では大きな違いが見られています。
放電の直後、水に濡れた頭部では乾いた頭部に比べて、表面を流れる電流の強さが12.5%低く、さらに頭部内側の脳が受けるエネルギーも32.5%低くなっていたのです。
これは明らかに水に濡れた状態の方が脳に与えられるダメージが少ないことを示しています。
加えて、水に濡れた頭部モデルは放電による頭皮の亀裂や穿孔(せんこう:穴が空くこと)などの損傷が乾いた頭部モデルに比べて少なくなっていました。
水に濡れた方が頭部に流れる電流量が少なくなる理由については、まだ確かなメカニズムは明らかになっていません。
それでもチームは、おそらく水の層が保護膜のような働きをすると同時に、頭部の温度で蒸発する水蒸気によって空気中に電流が逃げるため、わずかではあるが皮膚を直接流れる電流が減少する可能性があると推測しました。
研究者は「頭皮の雨水の膜は、脳に流れる電流を減らし、損傷から保護する可能性のある殻のようなものです。落雷において電流は直接体を通るのではなく、より電気が通りやすい皮膚上の濡れている経路を選ぶからです」と話しています。
以上の結果から、落雷時には意外にも雨に濡れている方が乾いているよりも生存率が高まることが示唆されました。
現在、人が落雷に当たる確率は100万分の1と言われており、日本での落雷の被害者は年間で約10〜20人、世界でも約1000人程度に留まっています。
また落雷被害のうち、多くは自然物や建物から雷が人体に飛び移る「側撃雷」であり、雷が人体に直撃するケースは全体のわずか5%と極めて低いです。
そのため、普段から落雷に撃たれることを心配している人はそうそういないでしょう。
とはいえ、実際に落雷やそれに伴う放電で死亡するケースはたびたび報告されています。
そうした中で、稀に落雷にあっても生存する人がいます。落雷で助かる人と助からない人にどんな違いがあったのかは、興味深い点ですがその要因の1つとして、濡れていたかどうかは重要な差になるかもしれません。
もし外出中に急な雷雨に遭遇したとき、最もベストな対処法は建物や屋内に避難することです。
しかし万が一、近くにそうした避難所がなく、周囲に落雷を誘引するものが何も無い状況なら、いっそのこと雨に濡れてしまった方が最悪の場合に命拾いするかもしれません。