AIと人間の心の関わり方
――近年急激に発展してきたAI技術を目の当たりにして、AIが現実社会でどこまでのことができるのかという点に興味を抱く人たちは増えています。今回佐藤さんにはAIの研究者として、こういった問題についてお話を伺ってみたいと考えているんですが、まず佐藤さんがされている研究は、AIを接客支援に使おうというものなんですよね。AIを接客分野で利用しようと考えたきっかけはあるのでしょうか?
佐藤:私は、元々、人間工学や心理の研究を行っていました。最近の科学業界では数学も物理も化学も生物でも、ありとあらゆる分野にAI技術が使われています。なので私は心理分野でもAI技術が役立つ可能性を感じたんです。といっても、心の全てをAIで解き明かすのはかなり困難です。感情を研究している人たちの中には、AIで感情を読み取ることは基本的に無理だと考える人たちもいます。そこで接客という、心が適度に入り込む分野に照準を絞ることにしたんです。
――適度とは、どういう意味でしょうか?
佐藤:人間の心は予測不能で独創的な動きをします。しかしコンビニやレストランで行われる接客場面には、独創性は必要ありません。店員にクレームをつけるときだって独創性を重視する人はいないはずです。メインとなるのは比較的パターン化した言語的、音声的なもので、そこに身振り手振り、視線といった身体的要素が加わっていきます。心のマニュアルはありませんが、接客マニュアルはあるでしょう?
――確かにそうですね(笑)
佐藤:ある意味で接客とは定型文句の投げ合いと言うこともできます。それでいて、依然として感情が大きな役割を果たします。ならば、接客という限定的な場面に限れば、心を読むAIがパワーを発揮できると考えたんです。
実際にシステムの運用試験を行った結果も上々でした。それに嬉しいことに、システム開発当初は思いもよらなかった利点が判明したんです。
――忙しい業務中に新人の監督を助けてくれるところ……とかですか?
佐藤:いえ、もっと意外なことでした。新人の間は熟練者から何度となく「ダメ出し」をされますよね?
――はい。私も新人ライターのころは、提出した原稿が真っ赤に添削されて戻ってきたことがあります。
佐藤:ですが「ダメ出し」はどうしても受け手にとって重荷となりがちです。心を込めたアドバイスも、その受け取り方次第ではモチベーションの低下を招いたり、内心の抵抗感を生むこともあり得ます。特に新人が自信を持って取り組んだ業務への冷静な批評は、人としてなかなか出しにくいものです。
――よくわかります(笑)。わかっているけど、人から言われると嫌なこともありますね。
佐藤:試験運用を行った企業では、このAIによる「ダメ出し」の役割が評価されました。AIによる客観的なフィードバックは、人間関係の緊張を回避しながら、必要な指摘を明確に提供することができるのです。また「AIには厳しく指摘されたけれど、人からは努力を認められた」という全く新しい形のフィードバックで、新人に自信を与え、成長のための課題にも向き合うことができるようになります。冷徹なダメ出しをする要員(AI)と苦労を労ってくれる要員(人間)が適度に分離していなければ、このような成功体験や成長の糧を得ることはできません。
――刑事モノの映画やテレビ番組などで、主人公は同僚から「一件落着」した案件を労われる一方で、上司に呼び出されてあれこれお小言を言われるという場面が、ふと思い浮かびました。映画の場合、仲間と上司はうまい具合に「分離」されていますが、現実の接客業務の場合はそうはいきませんよね。
このAIがあれば、まるでSFの1シーンのように「AIの言うことにも一理あるから、とりあえず「奴ら」を満足させられるように頑張ってくれ。でも私はあなたの頑張りを見ているよ」と上司が言えるようになりそうです。
佐藤:そうですね(笑)。それに冷静なAIからのダメ出しと、人間の熟練者からのダメ出しの内容が一致しているならば「重箱のスミをつつくような上司」とか「個人攻撃だ」とか「イジメだ」と見なされる危険性も大幅に減少します。むしろAIにダメ出しされた部分を人間から「そんなことはない」と言ってもらえた場合、新人と熟練者の関係を強固にできる場合もあるでしょう。あるいはAIが見落とした部分を、熟練者の高度な視点から指摘してあげることで、プロ意識を感じさせるきっかけともなるでしょう。
――本来ならどうしてもギスギスする「ダメ出し」を成長のブースターに変換できるのは凄いです。
佐藤:私たちは、マニュアルから学ぶべきことと、人から学ぶべきことの二つを抱えています。AIの登場により、マニュアルの知識をリアルタイムに近い形で活用する道が拓かれました。なにより私たちの接客支援AIは人間ありきのシステムなので、導入によって人間の職が奪われることはありません。