オーガズムには絆を作る力がある
何がキッカケで絆が結ばれるのか?
この謎を調べるため研究者たちは、プレーリーハタネズミたちの脳全体のニューロン活動を3Dマッピングする技術を使用しました。
(※具体的には最初期遺伝子(IEG)と呼ばれる、刺激に対して即応的に活性化する遺伝子群の回路の脳全体のネットワークが調査されました)
古典的な研究では、絆の形成にはオキシトシンのような愛情に関する物質や、報酬系回路でのドーパミン分泌などが重要な役割を果たしていることが判明しています。
一方で近年の脳科学研究では、伝達物質よりも神経ネットワークを解析する手法が用いられるようになってきました。
脳全体のニューロンの動きを追うことで、絆形成の前後で起こる違いを、ネットワークの次元で確かめることが可能になります。
調査にあたってはまず、プレーリーハタネズミのメスにホルモン剤が投与され、強制的に発情期に移行させられました。
メスの発情を感知したオスはメスに対する交尾行動を開始します。
実験ではオスとメスが対面する環境が用意されており、よほど相手が嫌いでなければ30分ほどで交尾が始まります。
人間と比べてプレーリーハタネズミの交尾は激しく、1時間の間に何度も繰り返し行われます。
そしてわずか1日の間に、一生続く絆が結ばれることになります。
(※プレーリーハタネズミはわずか1カ月で大人になり、野生環境での平均寿命は3カ月ほどしかないため、人間に比べて絆形成もハイペースになります)
すると、68の異なる脳領域に渡って分布する、7つの脳回路において、大きな変化が起きていることが判明。
さらに同様の変化が確認されたカップルでは、お互いに毛づくろいを行い、ストレスを感じた時に慰め合い、縄張りを共同で守るようになりました。
この結果は観測された脳活動の変化が、絆形成によることを示します。
次に研究者たちは、絆形成を引き起こした脳活動の変化に性差がないかを調べてみました。すると意外なことに、絆を結んだオスとメスでは脳活動に奇妙な同期がみられることが判明します。
これまでオスとメスは子育てや縄張りの防衛など同じ行動をしていても、行動の根底となる脳活動は別物だと考えられていましたが、実験結果は高い一致がみられました。
また興味深いことに、似た脳活動の同期は同性ペア(兄弟など)の間でも確認されており、絆を結ぶ性別が違っても、絆の質には変化はないことが示されました。
しかしそうなると気になるのは、絆が結ばれた状態に脳が移行するのに、何が最も貢献しているかです。
(※一緒に過ごす時間、2匹の距離、身体的接触の頻度などさまざまな要因が考えられます)
結果、驚くべきことに交尾回数やオスの射精回数が、脳が絆形成状態にあるかをもっとも正確に予測する因子になりました。
つまり交尾回数が多く射精回数が多いほど、絆形成によって脳の再配線が進んだわけです。
米スタンフォード大学が発表した最近のマウス研究では、メスにはオスの射精を検知して活性化するニューロン集団が存在することが判明しています。
今回の研究でも、射精が行われていると、オスとメスの両方で同様の深い感情状態が出現することが示されました。
研究者たちは「脳と行動のデータはオスメスともにオーガズムのような反応を示しており、こうした「オーガズム」が脳を再配線して絆の形成を高める因子になっている」と語りました。
人間の場合も、セックスを繰り返しながら、カップルの関係が深まるパターンは一般的なものと考えられています。
また性科学ではオーガズムには単なる快感の極としてだけではなく、心理的効果がある可能性が示唆されてきました。
そのため研究者たちも「同様のオーガズムによる絆形成と脳の再配線の仕組みは、人間にも備わっている可能性が高い」と述べています。
オーガズムで絆が形成される仕組みが人間を含め生物の中に存在しているという事実は、身分制度や特定の家柄同士の結婚が政略の一部であった時代に、結婚まで貞操を守るべきという考え方が重要視されていた理由としても納得できるかもしれません。
関係を持ってしまった相手と絆が深まり易いメカニズムが脳内に存在しているなら、家が決めた相手とだけ婚姻を許すという社会の中では、結婚まで安易にセックスをされては困ることになります。
研究者が今回、この点まで言及しているわけではありませんが、古い時代の人たちはこのメカニズムに無意識に気づいていて、貞操という観念を持つようになったのかもしれません。
逆に現代の恋愛においては、パートナーとの身体の相性が重要視される理由もここにあるのかもしれません。