表情よるコミュニケーションはシロイルカだけの特別な能力なのか?
リチャード氏ら研究チームは、まず水族館で飼育されている4頭のシロイルカを観察することで、シロイルカの顔の動きを分類しました。
特に注目したのはシロイルカのおでこにあたる「メロン」とよばれる器官の動きです。
このメロンは、歯をもつイルカ・クジラであるハクジラ(ハンドウイルカやマッコウクジラなどです)が共通してもつ構造であり、周囲の環境を探知するための「クリックス」という音を増幅させる働きをもっています。
シロイルカはハクジラのなかでもメロンが特に発達した種類であり、顔の中でもこのメロンは比較的よく動く器官であることがわかっているため、リチャード氏たちはメロンに注目することにしました。
観察の結果、リチャード氏らは、メロンの形・動きを5種類に分類できることを発見しました。具体的には、メロンの形は平常時と比べて、1)平らになった、2)隆起した、3)押しつぶれた、4)前方に突き出た、5)波うつよう動く状態に分類できました。
次にリチャード氏らは、これらの5種類の表情(メロンの動き)が、他者と関わる社会的な文脈で生じているかどうかを検討しました。
その結果、表情の出現頻度は、他者と関わらない非社会的な状況と比べて(0.05回/1分)、他者と関わる社会的な状況(1.72回/1分)において、34倍も多く観察されることが明らかとなりました。
加えて、表情は、実際に社会交渉の相手となる個体の視界の内で生じていたことも明らかとなりました。
これらの結果は、表情が他の個体に向けて発信されていることを示唆しており、コミュニケーションの役割を担うことを示唆しています。
本研究結果は、イルカ・クジラを対象として、表情をつかったコミュニケーションが行われていることを示唆した初めての研究です。
リチャード氏らは、シロイルカにて表情をつかったコミュニケーションが発見されたのは、本種の一風変わった生態が関係していると考察しています。
シロイルカは他のイルカ・クジラとは異なり、交尾の刺激で排卵が起こる「交尾排卵」という繁殖の仕組みをもっています。
この仕組みの下では、メスのシロイルカは、最初に交尾したオスの仔を残すことになるため、質の高いオスを交尾前に見定める必要があります。そこで、シロイルカの表情(メロンの動き)が、オスの質を表す情報として機能する可能性をリチャード氏らは論じています。
この仮説が正しいならば、イルカ・クジラで表情をつかったコミュニケーションがみられるのではなく、特殊な生態を持つシロイルカで表情をつかったコミュニケーションがみられるという解釈が妥当なのかもしれません。
しかし、シロイルカ以外のイルカやクジラも、複雑社会を築くため、他者とのコミュニケーションが生存や繁殖といった、生物としての重要な要素に大きな影響を及ぼすことは間違いない事実です。
今回、シロイルカにて表情の役割が発見されたことは、「イルカは“表情”豊かな動物ではなく、イルカにとって表情はたいして重要なものではない」という、これまでの科学者の常識を覆す発見です。
この発見を皮切りに、いままでの常識を疑う動きが広がり、イルカ・クジラの表情に関する常識が次々に覆されていく日がやってくるかもしれません。