夢遊病では「目を開いたまま車の運転」をするひともいる
夢遊病(睡眠時遊行症)および関連する睡眠時随伴症は、ノンレム(NREM)睡眠からの突然の、しかし部分的な覚醒を特徴とする不思議な現象です。
ノンレム(NREM)睡眠の深い段階で発生し、この段階では脳が完全には覚醒していないため、無意識の行動が引き起こされることがあります。
この状態で夢遊病が発生すると、影響を受けた個人が意識ない状態で、さまざまな行動を取ることができます。
行動は単純なものであれば、座って話すこともあれば、複雑な行動として、会話を続けたり、ベッドから離れて物を操作したりすることもあります。
このとき患者の目は開いており障害物を避けることもできますが、意識はありません。
極端な場合には、夢遊病者が車を運転したり、性的暴行や殺人、疑似自殺などの行動を起こすことが報告されており、これが個人的な悲劇や法的な問題を引き起こすことがあります。
有名な例としては、1845年のアルバート・ティレルの事件があげられます。
彼は夢遊病中に愛人のマリア・ビックフォードを殺害し、その後建物に火を放ったとされています。彼は裁判で夢遊病の防衛を主張し、殺人と放火の罪は免れましたが、不貞行為で有罪となりました。
また、1987年にはカナダのケネス・パークスが、夢遊病状態で義理の母親を殺害し、義理の父親を攻撃した事件があります。
彼は当時、経済的なストレスや不眠症に悩まされており、夢遊病歴もありました。
この事件は夢遊病の科学的理解を深めるきっかけとなりました。
近年の研究では夢遊病の内容は危機感や脅威に関するものが多いと報告されており、しばしば重大な犯罪につながることがあります。
しかし夢遊病は決して珍しい症状ではありません。
「目覚めると枕を叩いていた」「寝たまま誰かと会話してしまっていた」など、軽い症状を含めると成人の 66~94% が少なくとも 1 つの経験を報告できたことが明らかになっています。
また近年の研究では夢遊病の形態はこれまで考えられていたよりも多様であることが示唆されています。
研究者の1人であるシクラリ氏は「ノンレム睡眠中に夢遊病を経験する人は、夢のような経験をしたと報告することがある一方で、完全に意識を失っているように見えることもあります(つまり、自動操縦中です)」と述べています。
そこで今回ローザンヌ大学の研究者たちは、夢遊病について本格的に調べることにしました。
意識がない状態での夢遊病の仕組みを調べることができれば、人間の意識についても理解が進む可能性があるからです。
調査にあたっては夢遊病の患者たちに協力してもらい、夢遊病を経験している時の状態が調べられました。
すると夢遊病における意識と記憶の程度が、人によってもケースによっても大きく異なることがわかりました。
患者からの報告によると、夢遊病は無意識の状態から、妄想的な思考、多感覚幻覚、そして環境との意志的な相互作用を伴う夢のようなシナリオまでさまざまでした。
また81%で何らかの意識的な体験が報告され、そのうち56%は体験の内容をはっきりと思い出せるものでした。一方、19%では完全に無意識の状態であったと報告されました。
全体的にみて、複雑で特徴的な行動は、より長い夢遊病中に現れ、しばしば意識的な体験と関連していました。
夢遊病には外部からの刺激なしに進行する自発的なものと、外部からの刺激によって進行する誘発的なものがあることが知られています。
これまでの研究では、自発的な夢遊病には繰り返しの覚醒に似た反応がみられることが報告されています。
今回の研究では自発的な夢遊病と誘発された夢遊病の脳波や行動パターン、精神状態を分析されており、両者が一致していることが示されました。
この結果は、自発的なものであろうと誘発されたものであろうと、ノンレム睡眠時の夢遊病が繰り返しの覚醒をベースに進行していくことを示しています。
近年の研究では夢をみず意識がないとされてきたノンレム睡眠時にも脳が部分的に覚醒を起こすことが知られており、これらの覚醒がノンレム睡眠時の夢遊病の原動力となっている可能性があります。
また夢遊病の記憶がある場合とない場合を比較すると、記憶があるケースでは視覚や空間認識に関連する脳の領域が部分的に覚醒し活性化しており、自らの意識があることを感じていました。
一方で記憶がない場合は意識を伴わず夢遊病が進行している場合がありました。