植物を遺伝子操作して「ヒトミルクオリゴ糖」を作らせる!
植物を使おうとした理由について、研究主任の一人であるパトリック・シイ(Patrick Shih)氏はこう話します。
「植物は太陽の光と大気中の二酸化炭素を取り込んで糖を作り出せる驚異的な生命体です。
しかも植物は1つの糖だけを作るのではなく、単純な糖から複雑な糖まで、多種多様な糖を作ることができます。
植物はこうした糖を自然に作るための基礎システムをすでに備えているので、私たちはそれをヒトミルクオリゴ糖(HMO)を人工生産するために応用してみてはどうかと考えたのです」
そこでチームはオーストラリア原産で、タバコの近縁種である植物「ベンサミアナタバコ(学名:Nicotiana benthamiana)」を実験台に、遺伝子操作を行いました。
HMOを独特な糖にしているのは、単糖同士を互いに結合させている複雑な分子構造です。
これまでの研究で、HMOに見られるこの分子構造には特定の酵素の働きが関わっていることがわかっています。
そこでチームはベンサミアナタバコを遺伝子操作して、この特定の酵素を遺伝的に発現できるように改造しました。
その結果、遺伝子操作されたベンサミアナタバコは見事、本物と同様の分子構造を持つHMOの生産に成功したのです。
しかも同チームのコリン・バーナム(Collin Barnum)氏によると、ベンサミアナタバコはHMOの主要な3つのグループのすべてを生産することに成功したという。
(ヒトミルクオリゴ糖は単一の糖の種類を指しているわけではなく、多様な種類のある多糖類グループの総称。そのためHMOsと複数形を付けて表記する場合も多い)
3つのグループとは、分子構造が分岐型のものが1種と非分岐型のものが2種です(下図を参照)。
「私たちの知る限り、たった1つの生物から3つすべてのHMOを同時に作ることができたのは今回が初めてです」とバーナム氏は話しています。
さらにチームは、遺伝子組み換え植物からHMOを工業規模で製造するコストを算出したところ、現在の大腸菌を用いた方法よりも安価になる可能性が高いことを見出しました。
これを受けて、シイ氏は将来の展望についてこう話しています。
「1つの工場でヒトミルクオリゴ糖を人工生産できることを想像してみてください。
そうすれば、植物を粉々にしながらヒトミルクオリゴ糖を抽出し、粉ミルクに直接加えることができるでしょう。
実際の製造と商品化にはまだ多くの課題がありますが、これは私たちが目指している大きな目標です」
また植物が作り出したHMOは赤ちゃんのためだけではなく、大人向けの植物性ミルク(植物から搾取されたミルクのこと。牛乳と違い、乳糖やコレステロールが含まれない)の開発にも役立つと考えられています。
近い将来、スーパーの店頭に”大人向け母乳”が並ぶようになるかもしれません。