無双の女武者「巴御前」の活躍
時は1180年、京の都では不穏な空気が漂い始めていました。
平氏の武将・平清盛がクーデターを起こし、天皇である後白河法皇を幽閉して、さらには後白河法皇の第三皇子である以仁王(もちひとおう)の領地まで没収しました。
こうした一連の横暴に耐えかねた以仁王は、全国各地の源氏に平家討伐の兵を挙げるよう命令を発します。
ここに源氏と平氏の一大戦争が勃発し、源氏の一門である木曾義仲も戦地に出陣することになったのです。
そして、その側には美しき女武者である巴御前の姿もありました。
巴御前、戦場の鬼神となる
義仲率いる源氏軍は信越・北陸各地を転戦し、連戦連勝を重ねます。
中でも獅子奮迅の活躍をしたのが巴御前でした。
彼女は男もなぎ倒す怪力と正確無比に敵を射抜く弓の使い手であり、1181年の横田河原の戦いでは敵七騎を討ち取って名を上げました。
『平家物語』には「巴は色白く髪長く、容顔まことに優れたり。強弓精兵、一人当千の兵者(つわもの)なり」と記されています。
美人で最強というアニメのような人物だったようですね。
勢いに乗る義仲軍は徐々に京の都へと勢力を伸ばし、1183年7月にはついに京都から平家一門を追い出して、上洛(京都に上ること)に成功します。
その活躍が認められた義仲は、後白河法皇から「朝日の将軍」という称号を与えられ、人生の絶頂期を迎えました。
しかし『平家物語』の有名な出だしに「盛者必衰の理をあらはす(どんなに勢い盛んな者も必ず衰える)」とあるように、彼の栄華も長くは続きませんでした。