バイオロボットとは
この研究の主な目的は、ヒトの前駆細胞を使用して自己組織化する能力を持つバイオロボットを作り出し、さらにそれが自ら運動し、どう機能するかを検証することです。
以前開発されたバイオロボットである、ゼノボットはカエルの皮膚細胞と心筋細胞から作られ、手作業で成形する必要がありましたが、このバイオロボットは ヒト細胞由来であり、自律的に組織化して特有な機能を持つものです。
このような自己組織化の能力を持つバイオロボットは、損傷部位の修復や精密な薬物の運搬機能のような幅広い応用が期待されています。
従来のバイオロボット研究では、通常、合成材料や生体由来の細胞を組み合わせて、外部の制御装置に依存して運動させていました。
しかし、この研究では、完全に生体材料からなるロボットを作り、その動きが自己組織化された細胞間の相互作用によって生み出されるかを探求しています。
この試みでは、まるで20世紀ではSFの世界にしかなかった、微小なロボットが私たちの体内で自律的に巡回し、24時間診断、治療してくれるという「体内病院」の具体化の一歩になろうとしているのです。
タフツ大学が行った研究の基礎となる「前駆細胞」とは、成人の体細胞の一種で、特定の細胞種に分化する能力を持つ細胞です。
これらの細胞は通常、特定の組織の修復や再生に関与しており、骨、筋肉、皮膚などに分化する可能性があります。
今回の試験では、この細胞を「種細胞」として使用し、そこから自己組織化が起こるかどうかを試みています。
前駆細胞は、成人の体から簡便に採取できるため、将来的な医療応用においても非常に有望と考えられています
今回の試験では、前駆細胞として成人のドナーから提供された気管支上皮細胞が使われています。
これらの気管支上皮細胞は、通常、肺の中で繊毛(せんもう)と呼ばれる毛状の突起物で覆われており、繊毛を波打たせて気道に入った微小な異物を外に排出してくれます。
この繊毛は、特徴として治療や医療技術の一部として応用しやすいと共に、自律的に運動する能力や、傷ついた周囲の組織に対して修復や再生を行う能力を持っています。
これらの理由から、繊毛は今回の試験において重要な役割を果たしています。
試験手順は、以下の通りです。
研究チームは、まず気管支上皮細胞を特定の培養条件下で育て、その細胞がどのように自己組織化するかを観察しました。
このプロセスでは、細胞間の伝達機能を重視し、特定の信号や物理的な力が細胞の運動能力にどう影響するかを検証しています。
次に、気管支上皮細胞から筋肉組織に似た構造を作り、その構造が自発的に収縮、弛緩し、運動を行うかどうかを確認しました。
これには、細胞がどのようにして収縮、弛緩を行うか、その運動が周囲の環境に対してどのような影響を与えるかが重要なポイントとなります。
下図は、気管支上皮細胞が、多細胞で運動能力を持つ生体構造を自ら構築していくプロセスです。
通常、繊毛は細胞の表面に存在しますが、この試験では細胞の内面にある繊毛の配置を変えるために、粘性の低い培養環境下で細胞の表面に移動させようとしました。
以下が、気管支上皮細胞の内面にある繊毛が表面を向くように誘導するプロセスです。
まず繊毛のない球体を作り、細胞同士をつなぐネットワークである細胞外マトリックス(ECM)の中で14日間培養します。
このプロセスが14日間続いた後、成熟したスフェロイド(球状の細胞集合体)をECMから取り出し、粘性の低い環境に移してからレチノイン酸で細胞の分化を促進させ7日間培養します。
ようやく、7日目に細胞の表面に繊毛を持つ運動機能のある球体のスフェロイドが完成しました。