深海の浸透圧発電システム
細胞は、膜を通じてイオンを選択的に輸送し、このイオン勾配からエネルギーを得ています。
この原理は、海洋と河川の境界での塩分濃度の勾配を利用した浸透圧発電にも応用されています。
どちらも共通して、エネルギーを変換するために複雑なナノスケールの構造が必要です。
深海熱水噴出孔(HV)において浸透圧発電が起こる理由は、以下のとおりです。
HV沈殿物には、下図に示すように層状の水酸化物のナノ結晶が整然と並び、壁内部にナノスケールの細孔(多孔質や多孔質材料が持つ微細な空孔)を形成しています。
海水には、塩(主に塩化ナトリウム)が溶けていて、これがナトリウムイオン(Na⁺)と塩化物イオン(Cl⁻)に分かれています。
深海熱水噴出孔では、周囲の海水(低濃度)とHVの壁内部を通過する高濃度の海水との間に濃度勾配が生じています。
ナノスケールの細孔を持つHVの壁は、選択的透過膜として機能し、特定のイオン(例:Na+)だけを通過させますが、他のイオン(Cl-など)や水分子を通過させません。
これにより、ナトリウムイオンはHVの壁(細孔)を通過し、高濃度の海水から低濃度の海水へと拡散によって移動します。
イオンは正または負の電荷を持っているため、イオンの移動が続くとHVの壁(細孔)の片側に正電荷がたまり、もう一方には負電荷がたまります。
このようにして、HVの壁(細孔)の両側に電荷の差(電位差)が生じます。
以上から、深海の蛇紋岩を主成分とする深海熱水噴出孔(HV)の壁(細孔)が、ナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)等を選択的に輸送し、これらのイオン勾配を電気化学的エネルギーに変換していると考えられています。
この現象が、自然の地質環境に存在する流れや濃度勾配により浸透圧エネルギーを自発的に変換するしくみです。
ここで、HVの内部構造を詳細に見ていきましょう。
HVの内部は非常に複雑な構造を持っており、主に「ブルーサイト」という鉱物で構成されています。
このブルーサイトはナノスケールの結晶から成り立ち、柱状の構造が層を成していることが確認されました。
これらのナノ結晶は、互いに連結しながらナノサイズの細孔(2~100ナノメートル)を形成しています。
ナノ細孔は、流体が通る流路を作り、その流路の表面には、ブルーサイトのナノ結晶が整然と並んでいるのです。この細孔構造は、外部環境から様々なイオンを取り込む役割を果たしています。
HV内のナノ結晶の整列は、X線回折法を用いて解析されました。
その結果、ブルーサイト結晶面が一定の方向に並んでおり、この配列がHV全体にわたって持続していることが分かりました。
この整列は、ナノスケールからミリメートルのスケールに至るまで観察され、流路周辺で同心円状に配列していることが示されました(下図参照)。
これにより、HVは長距離にわたって規則正しい構造を持っていることが明らかになったのです。
ブルーサイトは、周囲の環境に応じて表面に様々なイオンを吸着します。
特に、炭酸イオンやカルシウムイオンがHV表面に吸着することで、表面の電荷が大きく変化します。
この表面電荷の変動は、ナノ細孔内のイオン輸送に重要な影響を与えます。
実験では、ブルーサイトにK+やCa2+など多種多様なイオンを吸着する能力があることが確認されました。
また、HVの表面の電位差は、吸着するイオンによって±30ミリボルト程度まで変動し、これがイオン輸送のメカニズムに直接関与していることが示されました。
HVのナノ細孔とその表面電荷は、浸透圧エネルギー変換においても重要な役割を果たします。
これは、海水と河川水の塩分濃度差からエネルギーを取り出すシステムに応用できる技術です。
実際に、HV試料を用いてKCl溶液間の濃度勾配から発電を行ったところ、HVは浸透圧エネルギーを電気エネルギーに変換できることが確認されました。
HVのナノ細孔がイオン選択的な輸送を行い、外部のイオン濃度に応じた電流を生成するため、エネルギー変換において効率的な材料となる可能性が示されたのです。
本研究により、HVの複雑なナノ構造とそのエネルギー変換の可能性が明らかになりました。
HVは、規則正しいナノ細孔を持ち、多様なイオンを吸着する性質を持つため、浸透圧エネルギー変換の分野で応用される可能性があります。