人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる
正義のヒーローはしばしば、犯罪の場にあって自分が無関係の第三者であるにもかかわらず、現場に飛び込んで、加害者を倒します。
このような直接関連していない違反行為に第3者が罰する行為は「第三者罰(TPP)」と呼ばれており、古今を問わず人間社会に普遍的に存在する概念となっています。
また近年の研究では、言葉をはなせない乳児であっても、第三者罰のような判断を示すことが報告されており、第三者罰は生得的で進化的に保存された(幅広い種にみられる)ことが示唆されます。
一方で、第三者罰は人間に最も近いはずのチンパンジーではみられないことが知られています。
チンパンジーも罰を下すことはありますが、もっぱら被害側が同種の加害側を罰する「第二者罰」が主流となっています。
そのため現在のところ、第三者罰は「幅広い種にみられるという説」と「人間特有の行動である」とする説は並立して存在していると言えるでしょう。
そこで今回、愛媛大学の研究者たちは、大人の雄ラットを使って、自分と関係ない存在に対する暴力的な行動に、どのように対応するかを調べることにしました。
すると非常に興味深い事実が判明します。
通常の飼育環境で育てられていたラットには第三者を罰したり助けようとする行動はほとんど見られませんでしたが、人間に愛されてペットのように育てられたラットは人間に似た正義感や善悪判断を芽生えさせ、第三者罰や無関係な存在を救出しようとするかのような行いを見せることが明らかになりました。
今回はまず実験全体を4コマで示しつつ、その後に詳細な紹介を行いたいと思います。
人間以外の動物でも第三者罰はみられるのか?
調査を行うにあたり研究者たちは「愛情」の存在に目をつけました。
これまでの研究や経験によって、人間に愛情を込めて育てられた動物は野生環境とはかなり異なる行動パターンを取ることが知られています。
そこで研究者たちはまず、ラットを2グループにわけて、一方のグループのラットに対しては何週間も毎日、徹底的な愛情のこもった取り扱い(EAH)で飼育することにしました。
研究では60代の男性飼育舎が離乳した後のラットを引き取り、まるで自分の愛するペットのように、1日15分間、週6~7回、ラットの世話をして遊ぶようにしました。
(※愛情を注ぐラットたちには名前も付けられました。)
すると数日以内にラットたちは飼育者が近づくと飼育者の手の周りに集まるようになり、やがて飼育舎の体の上や首の周りを自由に動き回るようになりました。
また愛情を注がれたラットたちは飼育者以外の人間に対しても親しみを示し、手の周りに集まるようになりました。
一方で、通常の飼育を行われていたラットたちは飼育者に近づこうとしませんでした。
またラットを高い橋を渡らせるテストを行わせたところ、通常の飼育を行ったラットは怖がって人間のいる方に来ませんでしたが、愛情を注がれたラットは「おいで!」または「リック!」とラットの名前を呼ぶと、恐怖を振り払い人間の元までたどり着くことができました。
これは愛情を注ぐことでラットの行動パターンが大きく変化した一例と言えます。
愛情の効果を確認した研究者たちは、次に第三者罰に関連するテストに移りました。
実験ではまず、上の図のようにラットと2匹のマウスが配置されました。
ICRマウスはBL6マウスよりも気が強くBL6マウスをしばしば死ぬまでイジメることが知られており、両者の間の敷居を撤去すると、ICRマウス(加害者マウス)はBL6マウス(被害者マウス)に対して攻撃を開始します。
そしてラットたちはその様子を透明なアクリル板の向こうから眺めることになりました。
ラットたちに自分とは関係性も種も全くつながりのない、マウス間の暴行事件をみさせたわけです。
次に研究者たちは、ラットと2匹のマウス間にあったアクリル板を取り除き、ラットが2匹のマウスにどのように対処するかを観察しました。
すると人間に愛情をたっぷり注がれたラットは、被害者マウスをそっとしておく一方で、加害者マウスのほうにどんどん接近していきました。
すると不快感を感じた加害者マウスはラットに対して攻撃を行い、ラットはそれに応戦する形で加害者マウスに対して前肢での抑え込みを行いました。
またラットのうちの1匹は、アクリル板を取り除いた直後に加害者マウスに対して頻繁に飛び掛かりをみせ、研究者たちはブラシを使ってラットを止めなければなりませんでした。
(※ただしラットたちは加害者マウスのように噛みつきを行わず、多くは手で押さえるなど非致死的・非暴力的な方法での制止を行いました)
一方で、通常の飼育環境で育ったラットにはそのような行動はみられませんでした。
この結果は、愛情たっぷりに育てられたラットは第三者罰のような行動をとることを示しています。
次に研究者たちは、下の図のような実験施設を作りました。
この施設の左側では子マウスが水で溺れており、右側にいるラットは溺れている子マウスに接近することが可能です。
ただし中央部の部屋の床は水が引かれており、上部からは強力な光が照らされていました。
ラットは暗い場所を好み濡れることを嫌う性質があります。
そのため子マウスに近づきたければ、これらの責め苦を耐えなければなりません。
研究者たちは愛情たっぷりに育てられたラットと通常の環境で育てられたラットを右の部屋に配置し、その後どうするかを観察しました。
すると愛情たっぷりに育てられたマウスは、責め苦を耐えて子マウスに接近できることが示されました。
一方で通常環境で育てられたラットは右の部屋に留まっていました。
次に研究者たちは、安楽死させたマウスと麻酔で昏睡したマウスの手足を床にテープで張り付けたものを用意しました。
ラットに命を大切に思う心のようなものが芽生えていれば、両方のマウスに対して異なるアクションを行う可能性があったからです。
(※ラットは死んだ仲間を見分けることが可能です)
すると愛情たっぷりに育てられたラットでは、死んでいるマウスよりも、昏睡しているマウスのほうに頻繁に近寄り、心配して体を揺する動きを多くみせることが明らかになりました。
これらの結果は、愛情をかけて育てることでラットに正義感のようなものや命を大切に思う心が芽生えた可能性を示しています。
また今回の研究は、ラットの正義感や命を大切に思う心は実際には生来のものではなく、後天的に獲得される可能性を示してます。
次は愛情たっぷりに育てられたラットのその後についての話です。