「迷子の記憶」は本当にあった?ショッピングモール実験の衝撃
ロフタス博士の実験の中でも特に有名なのが、1995年に発表された「ショッピングモール迷子実験」です。
この実験は、誤情報効果の研究をさらに発展させ、記憶がどこまで捏造されうるのかを探るものでした。
初期の交通事故実験では言葉の使い方が記憶に影響を与えることが示されましたが、それがより個人的な思い出にも適用されるのかを検証するため、この研究が行われました。
この実験では、24名の被験者(18歳から53歳)を対象に、それぞれの家族に協力を依頼し、実際にあった3つの思い出話とともに、架空の「ショッピングモールで迷子になった」という思い出話を語らせました。
その結果、約25%(6名)の被験者が、その架空の出来事を本当に経験したと信じ込み、細部まで思い出すようになったのです。
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興味深いことに、一部の被験者は「迷子になった際に店員が助けてくれた」「特定の店の前で泣いていた」などの具体的な詳細を加えるなど、自己生成的に記憶を補完する傾向が観察されました。
これは、偽の情報が単に刷り込まれるだけでなく、本人の想像力によって強化されることを示唆しています。
また同類の問題を検証した研究は、ロフタス博士以外にも行われており、2002年に英国カーディフ大学のKimberley A. Wade(キンバリー・A・ウェイド)博士らが行った実験では、視覚情報を用いることで記憶が変容してしまうことが報告されています。
この研究では、被験者に子供の頃の写真を見せ、その中に合成した偽の写真を紛れ込ませました。
例えば、被験者が幼少期に熱気球に乗ったことがあるかのように編集された写真を見せたところ、被験者の約50%が、その経験を実際に体験したと信じ込み、細かいディテールを思い出し始めたのです。
この研究は、視覚的な情報がいかに記憶の捏造を促進するかを示し、ロフタス博士の研究と同様に、偽記憶が形成されるメカニズムの一端を明らかにしました。
この結果は、写真や映像などの証拠が持つ影響力の大きさを示しています。特に現代は簡単に写真を加工できるようになったため、そのリスクはかなり大きくなっていると言えるでしょう。
こうした研究報告は、心理学における「抑圧された記憶の回復」(無意識に忘れていたトラウマ的な記憶を、後に治療や催眠を通じて思い出すこと)に対しても問題になると議論が起きています。
特に、セラピーの過程で誤った記憶が植え付けられ、実際には存在しない虐待の記憶が生み出される危険性が指摘されるようになりました。
ロフタス博士の研究は、記憶の変容が単なる言葉の影響にとどまらず、より深い個人的体験にも及ぶことを示しました。
彼女の研究について『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』を説明できると紹介している書籍もあります。
脳はなぜ偽の記憶を作り出すのか?
このような偽記憶の形成には、脳のいくつかの重要な領域が関与していると考えられています。
特に、海馬(hippocampus)と前頭前野(prefrontal cortex)が大きな役割を果たしていると見られます。
海馬は記憶の形成と想起に関与しており、新しい情報を整理し既存の記憶と結びつける働きをします。
一方、前頭前野は情報の選択や統合を行う機能を持ち、矛盾のある情報が入ってきた場合でも、一貫した物語を作り上げようとする傾向があります。
また、脳は記憶を静的に保存するのではなく、再構成しながら思い出すという特性を持っています。
このため、外部からの誤った情報や誘導的な質問によって、脳内の記憶が書き換えられ、偽記憶が生じるのです。
実際、fMRIを用いた研究では、虚偽記憶の想起時は真の記憶とは異なる神経活動パターンが観測されると報告されています。
偽記憶が示す私たちの脳の限界
ロフタス博士の研究は、記憶が固定されたものでなく、環境や情報によって変化するものであることを明確に示しました。
司法制度や心理療法において、この知見は慎重に扱われるべきものであり、証言やカウンセリングにおける記憶の信頼性を再考する必要があります。
「絶対あった!」と思う思い出の記憶であったとしても、それは安易に信用するべきではないかもしれません。