毎年4万5000人の赤ちゃんを救っていた
ハリソンさんが献血を始めたのは、14歳のときに受けた大手術がきっかけでした。
彼はその手術の際に13リットルもの輸血を受け、生き延びることができました。
健康を取り戻した後、ハリソンさんは「輸血のおかげで命が救われたんだよ」と父親に聞かされ、その経験から「自分も誰かの命を救いたい」と誓い、18歳になるとすぐに献血を始めるようになったのです。
彼は18歳から81歳になるまで2週間に1回のペースで欠かさず献血を行い、その総回数は1173回に達していました。

さらに奇遇なことに、ハリソンさんの血液には極めて稀な「抗D抗体」が含まれていることが判明したのです。
抗D抗体は一体どんな役に立つのか?
通常、私たちの血液はA型・B型・AB型・O型に分類され、さらに「Rh(プラス・マイナス)」という要素で分かれています。
問題が生じるのは、Rhマイナスの母親がRhプラスの赤ちゃんを妊娠した場合です。
これを母親と胎児の血液型不適合といいます。
血液型不適合であると、不幸にも、母体の免疫システムが胎児の血液を異物とみなし、自身の抗体によって大切なわが子を攻撃してしまうのです。
これは「胎児・新生児溶血性疾患(HDFN)」と呼ばれる致命的な血液疾患で、胎児に重篤な貧血や心不全を引き起こし、最悪の場合は死に至らしめます。
しかし1960年代に、抗D抗体がHDFNを防ぐのに有効であることが明らかになりました。
ただ抗D抗体を持つ人は非常に少なく、オーストラリア赤十字社が抗D献血ができる人を探していた中で、ハリソンさんの血液がこの条件に合致することが判明したのです。
しかもハリソンさんの血液は、驚くほど高濃度で抗D抗体を生産していることがわかりました。

ハリソンさんから採取した抗D抗体は、HDFNの治療薬の製造に役立てられ、多くの赤ちゃんの命を救うことになりました。
ハリソンさんの血液は、年間だけでも約4万5000人の新生児を救っていたと見られています。
次第にハリソンさんは「黄金の腕を持つ男(man with the golden arm)」と呼ばれるようになりました。
ただハリソンさん自身は注射が非常に苦手で、針が腕に刺さるところは一度も見なかったといいます。